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 夏輝たちが帰った後、母親が震えた声で言った。
「さっきの、嘘よね? なおちゃん、嫌がってて、倒れるくらい、嫌がって……」
 泣いている母親を見ることは辛い。父親は拳を握り締め、その先を求めて震えてさまよっていた。直太は一度、息を深く吸い、吐き出す。
「俺だって、どうしてって思うよ。でも、俺……心配させたことは謝るけど、夏輝先輩を好きなことは嘘じゃないし、好きでいることが間違いだと思えないから、そこは謝らない」
「直太」
 父親の声に混じる落胆と悲哀に、直太は玄関の床を見た。逃げた自分とちがい、夏輝は戦っていた。
「おまえの気持ちは分かったから、とりあえず、休みなさい。もうすぐ夏休みだろう?」
 母親が、七日後だと答える。夏休みの間も陸上部の練習があるため、毎日学校へ通うことになる。それを伝える前に、父親が言った。
「しばらく休みなさい。里村君もおそらく停学処分になるだろうし、おまえたちは当分、会わないほうがいい」
 夏輝の父親よりは理性的な自分の父親に安堵したが、彼の話し方だと、しばらく距離を置いておけば、気持ちが冷めると言われているようだ。それでも、反発はせず、直太は大人しく頷いた。
 夏輝の両親が持参したお詫びは、焼き菓子と封筒に入った現金だった。直太は額を聞かなかったが、父親の溜息から、多すぎる金額なのだと理解した。彼の周囲は、暴力で従わせて、金で解決しようとする人間ばかりだ。
 部屋に戻り、スマートフォンを確認すると、ものすごい数の通知が届いていた。友則は関係者にしか動画を送信していないようだが、何があったか推測している学校の生徒たちからの羨望や脅迫めいたメールやコメントが並んでいる。改めて、友則の企みに恐怖を感じた。
 もし、夏輝を諦めたら、被害者でいられる。だが、諦めなかったら、直太も自分自身の将来に大きなリスクを背負うことになる。誰かが自分の名前を検索するたび、あの動画が出てきたら、どうなるだろう。距離を置くという父親の判断が正しく思えてくる。
 だが、リスクを負って戦っているのは、夏輝も同じだ。三年のこの時期に停学処分を受け、さらにあの体では、受験勉強どころではない。友則からの執着とも言える彼らの関係が、高校卒業とともに終わるというのは、かなり楽観的な考えだ。
 この間は、夏輝の涙をとめることができた。あの時だけだ。彼は今も泣いているにちがいない。そう思うと、彼を諦めることなどできなかった。直太は机の引き出しから、通帳を取り出す。お年玉はほとんど使っていない。だが、この程度の額では、何もできない。どうしたら、夏輝を助けられるだろう。友則に見つからないほど遠くまで、一緒に逃げられたら、夏輝はもう泣かないかもしれない。
 直太はスマートフォンから電話をかけた。クラスメイトの中でも、特に仲の良い友達なら、夏輝の住所と電話番号を調べてくれる。後先のことを考えて、動けなくなるよりは、走りきったほうがいい。
 連絡を待つ間に、パソコンを立ち上げて、東京までの運賃を調べた。闇雲に遠くへ行くより、大勢の人間に紛れるほうが見つかりにくいと考えた。着信音が鳴り、すぐにスマートフォンを手にする。友達から聞いた夏輝の住所と電話番号をメモに取る。彼が心配していることが分かり、礼を言うと、言いづらそうにもう一つの情報も教えてくれた。病院名は不明だが、夏輝は入院したらしい。彼の顔を思い出した。それだけで泣きそうになる自分を奮い立たせて、直太は検索画面へ文字を打ち込む。
 市内で西城市議が使用する病院は限られているはずだ。候補に挙がった二つの病院名もひかえて、直太はそのメモを隠した。今夜は遅いため、直太はベッドへ横になる。夏輝が病院のベッドで静かに休んでいることを祈りながら、目を閉じた。



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