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「大事な話をしてもいい?」
 由貴の瞳を見つめ返したアランは、その場で立ち上がる。
「あぁ」
 由貴はまっすぐにアランを見た。
「ゲルベ大学へ行くことにした」
 真一文字に結ばれたくちびるは、アランの精神的な強さを連想させていた。だが、今は悲しみをこらえているようにも見える。
「あなたと同じ世界で仕事がしたいから、大学でしっかり学んでくるよ」
 由貴が悲しみの次に見た表情は、驚きだった。アランは目を見開いている。
「環境科学部に願書を出すから」
 湖面を走る風が、由貴の頬を撫でていく。自分がこんなふうに、言いたいことをはっきり言える人間だとは思っていなかった。
 ただ、自分の場所が欲しくて、認められたくて、その場所は日本にはないと感じて、ここまで来た。だが、それは間違いだった。
 どこにいても自分は自分。だから、これまでのことが無意味だとは思えない。今までの由貴がいたからこそ、今の由貴が存在する。そのことを教えてくれたのはアランだ。
「僕はもう自分がどんな人間か知ってる。自分に似合う色も知ってる」
 アランは由貴の言葉に含まれた意味を悟り、意地悪そうに笑った。
「俺が面接官だったら、自分に合う色を知っているくらいじゃ、雇ってやらない」
 由貴はアランに一歩近づき、彼を挑戦的に見上げる。
「でも、僕はあなたのただ一人だから。あなたは、僕を雇うよ」
 一呼吸置いてから由貴は告げる。
「一生ね」
 由貴が微笑むと、アランは最高だと言いながら笑い出した。それから、彼は降伏するように跪いて、由貴を見上げる。
「目に見えるものだけがすべてだなんて、思わない。だが、これでおまえの信頼を得られるなら、約束を目に見えるものにしてもいいと思って用意しておいた」
 アランはコーデュロイパンツのポケットから小さな箱を取り出す。由貴は暑くもないのに、手に汗をかき始める。心臓がどきどきと高く早く打ち始める。
「左手を出して」
 薬指にはめられた指輪を、由貴は空にかざす。鈍く光る指輪を眺めていると、指の間に流れ星が見えた。由貴はその流れ星に願い事をして、アランへと抱きつく。その勢いに二人はそのまま砂の上に倒れ込んだ。
「あ、あり……っ」
 感謝の言葉がうまく出てこない。由貴はあふれる涙もそのままにして、言葉の代わりにキスをする。由貴の下でアランが微笑んだ。
「ヨシタカ、おまえだけだ。愛してる」
 滲んだ視界に、視線を空へと向ける。きらきらと輝く星が見えた。由貴はその左手に光る指輪を、もう一度空へかざした。それはまるで、流れた星すべてを集めて作られたみたいに見える。
「アラン、ありがとう」
「来年の夏も、ここで星を見ような」
 来年もまた食べさせてやろう、と言ったアランに由貴は苦笑したことを思い出す。そんなに長い時間をともにするなんて、あの時は思いもしなかった。
 二人は一緒に空を見上げる。そして、すぐに互いの存在を確認するように指先同士を絡ませた。
 二人の頭上では、無数の流れ星が、祝福するかのように流れていく。視線が合った瞬間、由貴はアランとキスをした。それは永遠を誓う神聖なキスだった。



【終】

27 番外編1

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