just the way you are6 | ナノ





just the way you are6

 山崎直太は優しい。自分が濡れてしまうのに、傘を貸してくれた。視線を感じると、彼がこちらを見ていることが多い。嫌な感じではなく、見守るような視線だ。今も救世主のように目の前に立ち、誰も尋ねてくれなかったことを言ってくれた。
 勧善懲悪のおとぎ話だったらいいのに、と思った。無理やり恋人にされて、恋人とは思えない扱いを受けていると言ったら、彼が悪役をやっつけて大団円を迎える。そういう結末になるなら、そうだ、と頷いた。
 だが、夏輝は何も期待しなかった。彼は友則が始めたゲームの端役かもしれない。教師にさえ距離を置かれているのに、優しく近づいてくる一年生の存在は疑わしい。友則とのつながりを否定した彼が言葉を重ねた。
「本当に、誰も関係ないです。俺、ただ、先輩のことが心配で、今も、苦しそうだし、あの、ふつうは、好きな人の前だと、笑ったり、楽しそうな顔するのに、先輩は何かそういうのじゃないから」
 夏輝は初めて、まっすぐに直太を見上げた。友則より少し背が高い。日焼けした肌の上に汗が輝いていた。嘘をつくように見えないが、信じて傷つくことは怖い。
「俺に、何をして欲しいわけ?」
 冷たい言い方になる。直太は左手で口元を覆い、少し考えるように視線を外した。口でして欲しいとか、触らせて欲しいとか、今まで言われてきたことを予想した。
「俺は先輩に何ができますか?」
 予想とは違う言葉に、夏輝は返事ができなかった。
「先輩がして欲しいことは何ですか?」
 直太の顔がにじんだ。ずっとこらえていた涙が流れていると分かり、夏輝は急いで目をこすった。だが、こすってもこすっても、涙は止まらず、思わず口にした言葉は、「なみだ、とめて」だった。
「はい」
 直太は短い返事の後、そっと抱き締めてきた。それから、彼の右手が頬をなでて、くちびるが重なった。重ねるだけのキスは、返事と同じで短かったが、涙をとめるという目的は果たした。
「駅まで送ります」
 直太の手に引かれて、足が勝手に動き出す。彼の左肩あたりを見ながら、現実感のない状況に戸惑う。考えることは山ほどあるのに、もう少しこのまま歩いていたい、とそのことだけを願った。
 駅が見えて、改札前まで来た時も、まだぼんやりしていた。
「先輩、定期は?」
「鞄の中」
「スマホは?」
「ポケットの中」
 直太は鞄の中から財布を取り出し、ポケットの中からスマートフォンを取った。
「これ、ロック解除して、電話帳、出してください」
 夏輝が言われた通りにすると、彼が連絡先を入力した。
「夏輝先輩、いつでも連絡してください。俺、戻らないといけないから、ここで」
 夏輝が頷くと、直太はかすかにほほ笑んでから踵を返した。財布とスマートフォンを持ったまま、動けない。まだ浸っていたい。何に浸りたいのか、考えると心が折れそうになる。だから、早く現実を見たほうがいい。
 改札を抜ける同じ制服の学生を見た。直太といるところを見られていて、友則に報告されたら、直太に迷惑をかけるかもしれない。夏輝は彼の連絡先を削除した。先ほどまではまったく耳に入ってこなかったセミの鳴き声が聞こえる。
 信号待ちの時から、見られていた。スマートフォンのロックを解除して、通知を開くと、「それ、誰?」「俺、通せよ」、というメッセージのほかに、生徒会役員からの、「1年も誘惑してるのか」、と嘲りを含んだ内容のメッセージが続いていた。彼からのキスを受ける前に、自分のくちびるがしていた行為を思い出し、吐き気をもよおす。もし、それを伝えていたら、彼はきっとキスもせず、その場を立ち去っていたはずだ。
「何でもない」
 夏輝は小さく口にして、メッセージにもそう書いた。何でもなかった。何も起きなかった。明日からまた、今まで通りだと、夏輝は自分に言い聞かせた。 


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