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just the way you are5

 直太が夏輝に傘を貸したあの日から、一ヶ月ほど経ち、季節は夏へと移った。彼の名前を見て、きっと夏生まれだろうと予想した。セミの声はうるさいが、じりじりと肌を焼く陽射しのほうがこたえる。
 ウォーミングアップの最中に、帰宅する夏輝を見つけた。先輩に怒られるかもしれなかったが、フェンス越しに帰っていく彼を呼びとめて、振り向かせたかった。
「先輩」
 夏輝は足をとめてくれない。フェンス越しの彼の隣に並び、直太はもう一度、話しかけた。
「先輩、俺の傘、いつ返してくれるんですか?」
 傘はどうでもよかった。こちらを見た夏輝の目の周囲が赤い。泣いていた、と分かった。友達なら、からかった後、どうしたのかと尋ねただろう。直太はところどころ錆びついたフェンスを握り、何も尋ねず、彼の返答を待った。
 夏輝の声は小さい。だが、彼が話すと、セミの声は聞こえなくなる。自分のすべての神経が彼に注がれている。
「ごめん、今度、返す」
 また歩きだす彼を見て、直太の足は出入口に向かった。
「直太、サボんなー!」
 直太は校庭を振り返り、「ちょっと外、走ります」と返す。外周道路から校庭へ出入りできる場所は一つしかなく、直太は本気で走り、夏輝を追いかけた。彼はまたあの信号で引っかかり、歩みをとめている。
「先輩、返さなくていいです」
「返すよ」
 こちらを見ることなく、返事をした夏輝は、制服のポケットからスマートフォンを取り出した。画面上に表示されていた文字を確認した後、ようやく顔を上げたが、視線の先はこちらではなく、校舎のほうだ。強い振動で次々に通知を知らせるスマートフォンを握り締め、彼は校舎から視線を外し、小さく息を吐いた。
「……何かあるなら、友則に言って。生徒会長、知ってるだろ」
 信号が変わり、夏輝が歩き出す。直太は彼が見ていた校舎の方角を見たが、そこには誰もいなかった。
「俺、生徒会長と話したいわけじゃないです」
 こちらを見てほしいのに、彼は去っていく。
「先輩、待って」
 駅のほうへ歩く彼の手に触れた。そのまま手首をつかんで、道の端へ引っ張ると、彼の手からスマートフォンが落ちた。
「あ」
 直太は慌ててそれを拾い上げたが、画面が割れていないか、確認する前に、夏輝が反対の手で取り上げた。
「すみません、壊れてたら、弁償します」
 夏輝は首を横に振り、スマートフォンをポケットへ押し込んだ。
「ひび、入ってませんでした?」
「いい、壊れてないから、大丈夫。手、離して」
 離したら、逃げられそうだ。直太は離さなかった。ほんの数十秒の間、夏輝を見つめた。彼はこちらを見てくれないが、少し伸びた髪を斜めに流していて、その先にある目尻が赤い。自分が泣くとしたら、悔しい時だ。怒った時も泣くかもしれない。彼はいつ、どんな時に泣くのだろう。
「頼むから、離して」
 薄茶色の瞳がこちらを見上げた。初めて彼を見かけた時の光景を思い出した。彼は跪いて、馬鹿にされながら、奉仕していた。そうではない、と言われても、そうとしか見えなかった。
「無理やりなんですか?」
 驚きから諦めへ変化した瞳が閉じられ、すべてを拒絶するように手を振り払われた。
「何だよ、それ……友則に報告するんだろ、そうだって言ったら……言わなくても、言うんだろ」
 夏輝の声は震えていた。涙を耐えている声だった。
「言いません。何のことか分からないけど、俺、生徒会長とは何も関係ないから、報告なんてしません」


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