just the way you are3/i | ナノ


just the way you are3/i

 直太の気になる先輩は、里村夏輝という名前だった。生徒会長の恋人だと聞いたが、真偽は分からない。あの時見た光景では、恋愛関係にあるようには見えなかった。話しかけてみたいという衝動に何度も駆られながらも、時おり、見つめる程度しかできなかった。
 夏輝は三年で、直太は一年だ。教室の場所も違えば、部活動で一緒になることもない。接点のない者同士の接触は噂になってしまう。噂を警戒しているのは、彼の良くない噂を聞いたからだ。
 噂は一人歩きして、彼の印象を貶めていた。生徒会長という恋人がいながら、遊んでいる。直太にはそういうふうに見えないが、たいてい一緒にいる友人すら、その噂を鵜呑みにしている。
「うわ、雨かぁ」
 窓を閉めはじめたクラスメイトにならい、直太も席を立って生暖かい風で広がるカーテンを押さえながら窓を閉めた。雨天の日の部活動は、校内で行われる。体育館前に集まって、筋力トレーニングと校内を走りこむ。
 いつもは部室で着替えるが、直太は雨に濡れることを避けたかった。体育館前で着替えていると、先輩たちに、「生着替えだ」とからかわれた。
「見物料、取りますよ」
 笑いながらこたえて、同級生とともにストレッチと筋力トレーニングを済ませた後、直太はゆっくりと校内を走った。雨の日は滑りやすくなる。床と靴底の摩擦音が時おり、聞こえた。
 直太は走りながら、夏輝のことを考えた。彼の顔をきちんと見るまでは、彼の足ばかり思い出した。足首やふくらはぎに触れる夢を見て、自分を恥じることもあった。顔を知ってからは、無意識に彼を探すようになった。彼を見つけて、その視線の先を追い、たいていうつむいていることに気づき、胸が苦しくなった。
 人の声に生徒玄関のほうへ視線をやると、強い雨の中を歩く夏輝の姿を見つけた。直太は走ることをやめて、汗を拭いながら歩いた。今さら、と思った。あれだけ濡れてしまっては、もう傘を差しだしても遅い。だが、直太の手は自分の傘を握っていた。傘をさすと、雨滴の音が響いた。
 校門を出た夏輝を追いかけて、直太は走った。彼にはすぐに追いついた。
「先輩」
 呼びかけても振り返らないのは、雨のせいだ。直太は彼を追い越すように並び、その頭上に傘をかざした。
「先輩、これ使ってください」
 夏輝は立ち止まってくれたが、こちらを見なかった。
「いらない」
 雨に消されてしまいそうな弱い声が聞こえる。頬を流れていく雨滴は、涙に見えた。直太は思いきって彼の手を取り、傘の持ち手へその手を誘導する。その時、彼は初めてこちらを見上げた。緊張して言葉が出てこない。急に彼の手を意識した。自分の手より小さく、とても冷たかった。
「もう意味ないから。それに、きみが濡れてしまう」
 冷たい手が離れた。追いかけたほうがいいと思うのに、直太は夏輝が雨に打たれて帰る姿を見つめた。傘の持ち手を握り締め、彼のことが好きだと自覚した。信号待ちをしている彼のところまで、走った。振り返った彼が呆れた様子で息を吐く。
 ばか、と言われた。そういう言葉さえ嬉しくて、ついほほ笑んでしまう。直太は傘を広げて、夏輝へ渡した。わずか五メートルほどの距離だったが、傘をささなかったため、直太はずぶ濡れになっていた。
「……何か要望があるわけか。それなら、友則に言って」
 信号が変わった。夏輝は横断歩道を渡らずに、独白した。雨の音と横断歩道を流れるメロディーで、彼の言葉はほとんど聞こえなかった。だが、要望という単語ははっきりと聞こえて、直太は、「はい」と返事をした。
「ここまでは濡れちゃったけど、ここから先は濡れないで帰ってください。風邪とか、ひかないでください。以上です」
 直太は軽く頭を下げて、来た道を走って戻った。いつも以上に心臓が跳ねている。生徒玄関で座り込み、汗と雨を拭いながら、耳に残った彼の声を反すうした。自分のほうを見上げてきた彼の瞳やくちびるを思い出した。
 彼が好きだ。その気持ちを受け入れることは簡単だった。そして、その先にある道が、とても困難なものであることも同時に理解していた。
「直太、こんなとこでサボりか?」
 同級生に話しかけられて、直太は立ち上がる。雨足はまだ弱まる気配がない。それでも、夏輝はもう濡れずに帰っていると思うと、直太は穏やかな気分になった。



2 4

main
top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -