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 振り返ってみれば、たいしたことではなかった、と思える日が来る。小学校五年生の時、このまま背が伸びなかったら、どうしようと悩んでいた。中学校に入ってから、また成長が始まり、今では百八十五センチになった。高校受験に失敗したら、どうしようという不安も消えた。山崎直太(ヤマザキナオタ)は新しい制服に身を包み、昼休みが始まった教室の中心で笑っていた。
 長身で目立つためか、すぐに人が寄って来る。いつも笑顔でこたえていたら、いつの間にかクラスの中心的存在になっていた。これから本格的な梅雨になる、と先ほど確認したニュースサイトに書かれていた。だが、直太の心は教室を出るところまで晴れやかな状態だった。
 難関と呼ばれる高校へ合格した褒美に、両親は最新のスマートフォンを持たせてくれた。授業は難しいが、勉強は嫌いではない。長身を生かして欲しいと、運動部からの勧誘が殺到したが、長距離走が好きという理由で選んだ陸上部への入部は、教師も含め納得してくれた。
 傍から見れば、順風満帆の高校生活だ。今、悩んでいることは、後になれば些細なことだと思えると知っていた。だが、本当の苦悩は一生付きまとうものかもしれない。直太は教室を出て、トイレで手を洗った。
 それから、職員室のある二階の廊下を歩き、階段を降りた。面識のある生徒からあいさつを受け、それにこたえ、内履きのまま部室のほうへ向かった。受験したい高校の名前を口にした時、両親はそれを当然と考えただろう。すれ違う生徒達へ視線を移しながら、確率の問題だと心の中で唱える。ここにはきっと同じ苦悩を持つ人間がいるはずだ。
 昨日、部室に連絡ノートを忘れた。クラスの当番のようなもので、部員の持ちまわりでトレーニング内容やその日の感想等を書き込み、顧問へ渡す。昨日は直太の当番だったが、うっかり忘れてしまい、登校してすぐに取りに行ったが、鍵がかかっていた。
 鍵を持っている先輩に頼んで、昼休みに開けてもらう約束だった。昼を食べてからでいいと言われて、昼休みが終わる十分前に部室前に着いたが、鍵は開いておらず、先輩も来ていないようだった。
 直太はまだ傷一つ付いていないスマートフォンを取り出して、先輩から届いていたメッセージを開いた。今から行く、と書かれていたのは三分前だから、もうすぐ来るだろう。そのままゲームをしようと指を動かした時、笑い声が聞こえた。
 嫌な笑い声だった。経験上、それが人を馬鹿にする時の笑い声だと知っていた。内履きのまま部室棟へ行くことは禁じられている。直太は土を付けないよう慎重に歩き、裏にあるイチョウの木が並ぶ道をニ、三歩進んだ。
 彼らはすぐそばにいた。全員上級生で、顔に見覚えがあるのは一人だけだった。その人が生徒会長である、という情報と視界に入ってくるひざ立ちの生徒に、直太はしばらく固まっていた。目の前の状況は、生徒会長の前で二人の生徒に奉仕する下半身裸の生徒がいるという様だった。
 直太の視線はひざ立ちしている生徒の足に縛り付けられた。これまで見てきたどんな雑誌より艶かしく、魅力的に思えた。
「直太」
 小さな声で呼ばれ、左腕を引っ張られる。額に汗を浮かべた先輩が、人差指を口元へ当てた。
「あ、あの、あれ」
 先輩は何もなかったかのように部室の鍵を開けて、連絡ノートを取り、すぐに鍵をかけた。
「五時間目で書いて、十分休憩中に北先生に渡せよ」
 連絡ノートを抱え、先を歩く先輩へ話しかける。
「あの、先輩、さっきの」
「あいつらのすることは放っておいたらいい。おまえが考えてるようなもんでもないしな」
「俺が考えてる?」
 直太が足を止めると、先輩が振り返った。
「いじめとかじゃないってこと」
 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。直太はいじめではない、と言われた先ほどの光景に適切な理由を与えようとしたが無駄だった。強いられている行為ではないなら、彼が望んでしているということになる。つまり、直太が考えていた通り、ここは同じ苦悩を持つ人間がいる確率が高く、彼もその一人の可能性が高い。
「山崎、チャイム鳴り終わってるぞ」
 職員室から出てきた教師に声をかけられ、直太は慌てて教室へ向かった。軽く走っただけなのに胸が苦しいのは、同じ苦悩でも彼に奉仕されたい側であり、あの嫌な笑い声を立てた生徒達と同じだと感じたからだった。



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