never let me go47 | ナノ





never let me go47

 マリウスの待つ客間に戻ったディノは、彼の髪に触れた後、その頬へキスを落とした。
「ムール貝とイワシがある」
 夕食の提案に頷きながら、一度、帰ると告げる。先ほどの弁護士とのやり取りは、この屋敷の当主の耳へ同時に届いていただろう。ディノは軽く手を挙げ、あいさつをしてから、マリウスの車椅子を押した。
「ディノ、おこってる?」
 振り返らずに聞いてきたマリウスは、リスのフィギュアをひざの上のストールに並べた。
「怒ってないよ」
 ディノは優しく声をかけ、どんよりとした昼の空を見上げた。頬に当たる風の方角と弁護士が出て行った屋敷の門へ視線を移す。それから、門の直線状にある屋敷の二階を見た。それだけではおさまらず、家に戻った後、ディノはベッドルームへ急いだ。
 車椅子を玄関に放置して、マリウスをベッドの上へ座らせる。彼の視線を感じていたが、ディノは答えずにクローゼットを開けて、奥にある鍵つきの扉を確認した。家の鍵と一緒にキーホルダーへまとめてある鍵の中から一つ選び、その扉を閉ざしている南京錠へさし込む。
 中にはディノの商売道具が並んでいた。ライフルを手にすると、まるで磁石のように手に吸いつく感じがした。頭の中にリストが浮かぶ。ストックへ触れた指先が徐々に下がり、引き金までたどり着く。
「ディノ」
 マリウスに呼ばれて、我に返り、ディノはライフルから手を離した。クローゼットから出ると、彼はベッドに座ったまま、不安そうにこちらをうかがう。
「大丈夫」
 声をかけて、鍵をかけるため、再度クローゼットへ入ろうとして、ディノはマリウスが泣いていることに気づいた。いつも子供のように泣くのに、今日はただ静かに涙を流しているだけだった。
「マリウス、どうした?」
 ディノはベッドへ座り、マリウスの濡れた頬を指先で優しく拭ってやる。彼は首を横に振った。どうして泣いているのか、自分でも分からないらしい。ディノは彼を抱き締め、頬へキスを落とす。
「俺が不安にさせたんだな」
 独白すると、マリウスは、「どこにもいかないで」、と言った。妹の言葉と重なり、ディノは座っているのに、落下していくような感覚を覚えた。落ちなかったのは、マリウスが腕を強くつかんでいたからだ。彼は必死に離れまいとしていた。
「マリウス、大丈夫だから、どこにも行かない」
 妹にはかけることができなかった言葉だ。ディノはマリウスの瞳を見つめた。把握しきれない感情の破片が飛び出す。ディノはマリウスが好きだった。今は愛していると言える自信がある。だから、彼が侮辱されることは許せない。彼が泣いていたら放っておけない。
 全員、殺さないと落ち着かない。ディノはクローゼットを見つめた。マリウスがそれを望まなくても、自分のために必要だった。だが、その決意にも似た欲望は抑えるべきだと理解していた。
「今日は、皆と一緒にごはんを食べるんだ」
 父親を殺しても、妹は帰ってこなかった。マリウスを苦しめた人間を全員殺したら、彼は元に戻るか、あるいは幸せになれるか、と問う必要もない。
「デザートはきっとチョコレートムース」
 少し笑いながら言うと、マリウスは瞳を輝かせた。ピネッリ家はいつも彼を彼の好物でもてなす。控えめに笑う彼も好きだったが、今のように喜びを前面に押し出して笑う彼も好きだ。ディノは泣きやんでいる彼のくちびるへ触れるだけのキスをして、ベッドから降りた。
「クローゼットの中を片づける」
「でんしゃ、あそんでいい?」
「あぁ」
 ディノはマリウスもベッドから降ろしてやり、リビングへ戻るまで見送った。マリウスは朝、設置したままのレールをつかみ、電車の上にリスを乗せている。ディノは小さく息を吐き、右手でくちびるへ触れた。ライフルを持った時と同じ感じだが、それ以上に気持ちが和らいだ。


46 48

main
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -