never let me go45 | ナノ





never let me go45

 ふー、と息を吐いたマリウスが可愛らしくて、ディノはつい声を立てて笑った。薄い水色に染まった湯の中へ、そっと体を入れると、彼は長く深い息を吐く。バスタブへ入れる前に、彼自身の熱を抜いてやった。それを何でもないことのように、朝の習慣の一つにしてしまえば、彼は怯えなくなった。
 髪まで洗い終わり、マリウスを抱えてバスルームを出る。準備していた椅子には大きなバスタオルを敷いていた。ディノはそこへ彼を座らせて、新しいバスタオルで髪と体を丁寧に拭く。彼が落ち着いてきたように、自分自身の異常な行動も目立たなくなっている。ディノは入念に彼の体を確認した。新しいアザはない。
「手を開いて」
 マリウスは笑みを見せながら、手のひらを上に向けて、手を開く。リスのフィギュアが三つある。ドングリとリンゴを抱えたデザインに加えて、つい先日、もう一つ仲間入りした。三つめのリスは、ブドウを一房、抱えていた。リスがブドウを食べるか分からないが、彼はこのリスのシリーズを気に入っており、おもちゃのウェブサイトを一緒に見ている時に、これが欲しいと指さした。
 小さな友達もバスタオルで拭き、再度、手に握らせると、マリウスは無邪気に笑った。収納ケースの引き出しから、彼の下着を取り出して、はかせてやる。両足で立てない彼の上半身を左肩へあずけさせて、軽く担いだ。少し浮いた腰まで素早く下着を上げてやると、彼は足をばたつかせて喜ぶ。仕草も行動も子供だった。だが、ディノはそれが愛しく、絶対に壊してはならないものだと思う。
「マリウス」
 ディノは彼を椅子へ戻し、ドライヤーで髪を乾かした。それから、傷痕すべてに薬を塗り込んだ。くすぐったい、と声を上げて笑い始める彼を見て、ディノは笑みを浮かべながら、手を動かす。
「雪が降らなかったら、湖に氷が張ってるか、見に行こうか?」
「うん!」
 勢いよく頷いたマリウスは、自分で椅子から降りて、リビングのほうへ這った。
「マリウス、服を着ないとダメだ」
 ディノは彼を追いかけて、ベッドルームに入り、彼の衣服を選ぶ。部屋の中は温かいが、夏の終わり頃からシャツだけではなく、外へ出る時はジーンズやチノパン、部屋の中ではスウェットパンツをはかせていた。とりあえずスウェットパンツと長袖のシャツを手に、リビングへ戻る。
 下着姿のマリウスは、乾電池で動く電車を走らせるため、懸命にレールをつなげていた。ディノが名前を呼ぶと、彼は手をとめて、両手を上にする。
「ありがとう」
 ディノは礼を言い、マリウスに素早く衣服を着せた。それから、キッチンへ行き、冷蔵庫からハムやチーズを取り出す。テーブルに並べ、彼の好むかための丸いパンを半分に切って、バターを塗った。
 電気ケトルのスイッチを入れて、コーンスープの袋を取り出し、犬の頭部が持ち手になっているカップを準備する。ディノはテーブルの上に朝食を用意してから、マリウスを呼んだ。
「ジュースは何がいい?」
 オレンジ、と答えたマリウスは、木製のカッティングボードに置かれた丸いパンへチーズをハムをのせた。
「ディノ」
 視線を動かしながら、マリウスが尋ねてくる。
「ブルーベリーのジャムもある?」
「あるよ」
 ストローとオレンジジュースとブルーベリージャムを運んだディノは、大きく口を開けてパンをかじったマリウスの頭をなでた。体重は順調に増え、小食ながらも食欲はある。コーンスープの器は少し中央へ寄せた。以前、手が当たって落とした時に、何かの記憶がよみがえったのか、彼は逃げるようにテーブルの下へ隠れた。
 マリウスが食事をする姿を見守りながら、ディノはテーブルに置いてあるリスのフィギュアへ視線を落とした。本当に気に入っているのだと思い、片時も離さない行動をとても愛しく感じた。
 マリウスは半分サイズになっていた丸いパンを、ナイフでさらに半分にする。ディノが手を貸そうとすると、彼は、「だいじょうぶ」、と言った。ブルーベリージャムを塗り、丸い大きなブルーベリーをのせたほうを、ディノへ差し出す。
「ありがとう」
 口へ運ぶ前に、携帯電話が鳴った。ディノはどこへ置いたか考えながら、音をたどった。


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