never let me go44 | ナノ





never let me go44

 風呂の中では気を張っていたマリウスだったが、朝食前に眠ってしまった。ディノはソファで眠る彼に毛布をかけてから、椅子に座る。今朝のことを思い出すと、期待と不安でおかしくなりそうだ。
 マリウスを愛しているが、ディノは自分達の関係が恋人同士、あるいは家族と定義できないことを理解していた。冷めてしまったベーコンを頬張り、雪のちらつく外を見た。積もるほどは降らないが、寒さは北部並みだ。ウッドデッキの上には、マリウスが集めたドングリが転がっていた。無邪気に笑う彼を見て、幸せだと感じ、無防備に泣く彼を見て、そばにいたいと思う。
 ディノは苦いコーヒーを一口飲んだ。いつまでも幸せに暮らしました、と結ばれるおとぎ話を読んでは、嘘だとつぶやきながら、最後のページを閉じてきた。だが、今は最後のページを閉じる前に、マリウスが手を伸ばしてくる。彼は最後のページを眺めていた。どの話のどんな最後も、まるで自分に与えられたはずの幸せが、その最後につまっているのだと言いたげに見つめ続けた。
 ひざをついたディノは、マリウスの寝顔を見た。そっと手を伸ばして、彼の額や眉へ触れる。いつのことか思い出せないが、ある夜、彼はペンギンの番組を見ていた。ディノは興味がなかったから、内容はほとんど分からない。だが、彼が今にも泣きそうな顔をしていたところは思い出せる。
 あれは親を亡くした子供のペンギンを、同じく子供を亡くした親のペンギンが追いかける場面だった。追いかけて、さらに追いかけて、転んだ子供を親が踏み潰す。行き過ぎた愛情は時に子供を殺す、というナレーションを聞き、マリウスはとても苦しそうに見えた。今はその理由が分かる。
 ディノはくちびるでマリウスのまつげへ触れた。しばらくその感触を確認してから、まぶたにキスをする。それから、彼のくちびるへも触れた。彼を自分のものにしたい、という欲望と彼を怖がらせてしまうだろうという理性が、何度かディノの動きをとめた。
 少し開いた口を見て、ディノはもう一度、マリウスへキスをした。くちびるを合わせたまま舌を入れると、彼の体が強張る。ディノは体を離して、目覚めた彼を見た。彼は驚きもなく、ただ、こちらを見つめ返し、笑った。いつもの笑みではなく、恐怖心を隠すための笑顔だった。
「あ、あー」
 マリウスは間の抜けた声を出しながら、手のひらを自分へ向けて、指を折った。
「よん?」
 かすかに首を傾げて、こちらの反応をうかがうように言った。ディノは何のことか分からず、「何?」、と聞き返した。すると、マリウスは青くなり、もう一度、指を折る。全部折った後はまた少し考え、ゆっくりと右手だけを開いた。
「じゅうよん」
 マリウスの言葉の意味を考えていると、彼の瞳はうるみ、涙があふれていった。
「マリウス」
 名前を呼んだ瞬間、彼は嗚咽を飲み込みながら、「くちでします」、と言った。言った、と表現するより、むしろ、自動的に出てきたというほうが正しい。マリウスは同じ言葉を繰り返した。
「……しなくていい」
 ディノはマリウスの言葉を遮った。
「何もしなくていい」
 抱き締めようとしたら、マリウスは声を上げた。悲鳴と嗚咽の中に、謝罪の言葉が入る。震える彼を強く抱き締めた。間違えてごめんなさい、口でするから、痛いことはしないで、と懇願された。
 マリウスの人生は、ずっとこうだったにちがいない。どんなに息を潜めて、身を隠しても、肌をさらされ、傷つけられる。彼の願いは聞き入れられず、彼以外の望みはすべて受け入れるしかなかった。
「痛い事なんてしない!」
 ディノはマリウス以上に大きな声で、彼の言葉に答えた。
「絶対にしない、誰にも、もう二度と、傷つけさせない!」
 彼は、廊下の電気を消さずに寝ていた。物音ですぐに目を覚ますほど浅い眠りだった。眠ったとしても、頬には涙の筋が残り、悪夢にうなされていた。彼が選んだわけではないのに、皆、彼が悪いと言う。雑誌に書かれた軽率な単語を頭から追い出す。
 泣き続けるマリウスをあやしながら、定義は必要ないと考えた。彼のために、彼の望むすべてでありたい。ディノは優しく、呼吸を乱す彼の背中をなで続けた。


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