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「クリス。うちのモデリストだ」
「モデリスト? モデル?」
 アランは頭を振って、キッチンへと歩き出す。
「モデリストはデザイナーの描いたデザインイメージを読んで、型紙へ起こす職人のことだ。おまえが昨日着た服のデザインは別の人間がやっているんだが、型紙で起こしているのはアイツ。コーヒー飲むか?」
 服と聞いて、由貴はハンガーを取りにいくために客室へ行こうとしたことを思い出す。
「うん」
 返事をして、由貴は寝室からズボンとシャツを取ってくる。
「洗濯機の前のカゴに入れておけ。クリーニングに出すから」
 アランに言われて、由貴は衣服を洗濯機前のカゴへ入れた。キッチンからはコーヒーメーカーの作動する音が聞こえる。
「シャワー、先に浴びてこいよ」
 由貴がシャワーを浴びている間、アランは各部屋のシャッターを上げて、朝食を作り始めていた。
「コーヒー、そこな。先、食べてていいから」
 アランがそう言って、バスルームへ向かう。キッチンのテーブル上には、いつものようにハムとチーズのサンドウィッチと小鉢に用意されたサラダが置いてある。コーヒーにはすでにミルクが入っていた。
 由貴は椅子に座ると、先ほどの出来事を理解しようとした。クリスという彼はアランの会社で働いているモデリストということだった。モデリストというのは、日本語でいうパタンナーのことだろう。
 彼は週末にはここへ来てはいけない約束だと言っていた。アランも週末には来るなと言っていた。つまり、平日は来ていることになる。それに、彼は鍵を持っている。
 熱いコーヒーを一口飲んでも、由貴の頭痛は治まらない。
 目が熱くなる。どうして泣くんだろうと、と由貴は他人事のように思おうと努力する。だが、自分の弱さに呆れる一方で、抑え込んでいた猜疑心が、どうして、どうして、と由貴の最も痛い所を叩いてくる。
「……どうした?」
 アランがボディソープの香りを放ちながら、驚いた様子でキッチンへ入ってくる。
「どうしたんだ、ヨシタカ?」
 大げさな動作で、アランは由貴の足元に跪き、その手からコーヒーカップを取り上げる。由貴の涙は大きな雫となって落ちていく。
「……僕」
 由貴の口から発せられる言葉を、一言も聞き漏らすまいと、アランが真剣な目で見つめる。
「僕、日本から出れば、新しい自分になれるって信じてた。ここで過ごせば、弱い自分と向き合わなくていいって思ってた」
 由貴は掌で涙を拭う。
「でも、そんな都合良くいかなくて……進路のことも迷ってて、もうどうしたらいいか分からない」
 そういう弱さを見せると、たいていの人は由貴をベッドで慰めてきた。だから、由貴はアランからの慰めの言葉を期待していない。冷たく突き放されても仕方ないとさえ考えていた。
「新しい自分になれっこないって分かったのか?」
 アランが静かに問いかける。
「ヨシタカ」
 彼は立ち上がると、由貴の頭を撫でる。
「どこにいても、おまえはおまえ。弱い自分からも醜い自分からも逃れることなんかできない。俺だってそうだ」
 由貴はアランを見上げる。
「やりたいことをやるために、ここへ来たんだろう? 確かに俺は希望を言った。遠い大学へは行かないで欲しいって今も思ってる。だが、それは俺の希望で、おまえはおまえの選択をしていかないといけない」
「でも……それが分からないんだ。決められない」
 アランは由貴のまっすぐな髪を指先で一度すく。それから、小さく息を吐いた。

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