never let me go36 | ナノ





never let me go36

 ディノは音で目を覚ました。笑い声だと思ったが、それは規則的な電子音だった。とても満たされた気持ちで、目を開き、どんな夢だったか思い出そうとしたが、何も思い出すことはできなかった。視線を右へ移すと、背中をこちらへ向けて、眠っている青年がいた。
 正確には彼は隣のベッドで寝ており、彼の向こうにはぬいぐるみが並んでいた。
「マリウス」
 ディノはここに寝かされている理由に思いいたり、右手を毛布の下へ入れ、左の脇腹を探る。包帯が巻かれていることを確認してから、右を下にして体を横にしようと動いた。その時初めて、左腕にいくつか点滴か何かのチューブと排泄のためのカテーテルを確認し、ディノは思い切って、それらを引き抜いた。規則的に続いていた電子音は指先のクリップを外すと停止した。
 思った以上に力が入らないのは、恐らく意識を失っている時間が長かったからだと推測できる。だが、ベッドから降りて、マリウスのほうへ近寄ろうと、足を床へつけた時、その長さがどれくらいだったのか、実感した。
 ディノは床に倒れ込み、左肩を強かに打った。それ以上に脇腹が痛んだが、声はこらえて手をついて立ち上がろうとする。膝をつき、マリウスのベッドへ手を伸ばした。それ以上は力が入らず、ディノは彼のベッドの縁へ何とか肘を置き、彼の背中を見つめた。
 手を伸ばして、マリウスの髪や肩へ触れたいという衝動を抑えたのは、こちらへ向かってくる気配に気づいたからだ。気配はすぐに足音へ変わり、慌しく入ってきた看護師が穏やかな闇を消した。
 看護師はディノの姿を見つけて安堵し、それから、多少驚いていた。
「ベッドから落ちたんですか? それとも、降りようと?」
 照明がついても起きないマリウスは、まだ睡眠導入剤の力を借りているのだろう。ディノは出入口に立つ護衛の二人へも視線をやり、苦笑した。
「降りたかったんだが、自力じゃ無理だった」
 看護師の手を借り、立ち上がったディノは、すぐにベッドへ寝かされた。
「当たり前です。昏睡状態になって、今週の金曜日で丸一ヶ月ですから。先生を呼びます」
「マリウスは?」
 自分の状態よりも、マリウスのほうが気になる。看護師はディノの体を確かめた後、乱暴に外したチューブやカテーテルも確認してから、水を飲ませてくれた。
「彼は一ヶ月前とさほど変わりません。食事もまだ流動食で、何も話さないし、リハビリもできていません」
 そうか、と返事をして、看護師が左腕にガーゼを当て、テープでとめる作業を見つめる。
「でも、あなたがリハビリをする姿を見れば、彼も立ち上がってくれるかもしれないですね」
 エレベーターの到着音を聞き、ディノは少し構えた。看護師が駆けてきたように、その足音の持ち主も駆けてくる。ディノにも良心はある。フェデリコの姿を認めてから、ディノは心を込めて謝罪した。昏睡一ヶ月というのは、大げさな話ではないらしい。目の前の彼のうるんだ瞳は一度ぎゅっと閉じられた。それから、眠っているマリウスを考慮した音量で、「おまえってやつは」、と怒りを吐かれた。
「こっちの混乱も知らずに、電源、切ってたあげく、いきなり電話してきて、俺の部屋に来ないか? まったく……ふざけるなよ、俺がどんなに苦労しておまえを見つけだしたか……言っとくが、一生の貸しだからな」
 笑ったフェデリコのブルーの瞳を見て、ディノは頷いた。一人ではなかったと思う。馴れ合わないようにしてきたつもりで、本当はずっと見守られてきたのかもしれない。マリウスの背中へ視線を向けると、フェデリコが溜息をついた。
「映像が流出した」
 マリウスが呼吸をするたび、彼の小さな肩はかすかに揺れた。ディノは彼を抱き締めて眠りたいと考えながら、ピネッリ家の敷地内に建設中だった家の進捗を確認する。いつでも入居できると言われて、ディノは世話になる、と短く伝えた。
「報復は済んだのか?」
 フェデリコは先の言葉に隠居するという意味を見出したらしい。ディノはかすかに苦笑いし、それから、親に置き去りにされた子供のようなアレッシオの表情を思い出した。
「殺されるより辛いことが何か分かった」
 ディノの返事にフェデリコはただ、そうか、とこたえ、詳しく聞こうとしなかった。


35 37

main
top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -