falling down 番外編17/i | ナノ


falling down番外編17

 額に冷たいタオルを当てられ、トビアスは目を開けた。レアンドロスが、はっとして、すぐに笑みを見せた。
「ごめん、起こす気はなかったんだ」
 トビアスは頷いて、息を吐いた。熱はまだ下がらない。苦しんでいるように見えるのか、レアンドロスが心配している。今回が初めてではないのに、彼は毎回、重病人を看病するかのように扱ってくれる。
「レア、俺は大丈夫だから。ごはん、もう食べた?」
 レアンドロスは子供のように首を横に振り、食べたくない、と言った。前回、風邪を引いてしまい、数日寝込んだ時も、彼は食事ができないと言っていた。厳密にはトビアスの前では食べられないという意味であり、それならいつも通り、リビングで食事をすればいいと伝えても、トビアスが眠るまではそばにいると譲らなかった。
 トビアスは目を閉じて、眠るふりをする。体はだるく、ふりをしなくても、すぐに眠れるはずだ。レアンドロスが交換したタオルは心地よく、しだいに意識が薄れてくる。うつるからだめだと禁じたのに、彼のくちびるが触れた。くちびると額と頬へ触れた後、彼は指先でも同じ場所へ順番に触れる。それから、部屋を出る気配があった。

 誕生日を祝ってもらうことと同じくらい、病気の時に看病されることは奇妙な感覚だった。多少の熱では誰も気にかけてくれず、望まない陵辱の後の高熱であっても放置された。だから、初めて看病された時、トビアスはレアンドロスが驚いて、何かほかの重篤な病ではないかと疑うほどに泣いた。
 母親を含めた周囲の大人達は、トビアスの体調など気にしなかった。ノースフォレスト校でも保健室で休むことは許されなかった。辛くても我慢できる。我慢していれば、いつの間にか治る。それがトビアスの常識だった。
 だが、レアンドロスは我慢を見破ってくる。体調が優れない時、彼はトビアスが何か言わなくても、すぐに気づく。トビアスがベッドで横になっている間、彼は職場やホームドクターへの連絡を済ませて、欲しい物や食べたい物はないかと聞いてくれる。

 目を閉じたまま、マリッジリングへ触れた。病気の時でも幸せだと思えるのは、レアンドロスが愛してくれるからだ。彼はすべてを捧げて愛してくれる。トビアスは目を開けて、額から濡れタオルを取った。そっとベッドから降りて、リビングへ向かう。
 レアンドロスはキッチンにいた。スープの材料を見て、自分のために作っているのだとすぐに分かった。
「レア」
 呼びかけると、レアンドロスは包丁を置き、手をタオルで拭いてから軽く抱き締めてくれる。
「まだ熱があるだろう?」
 レアンドロスの手は冷たくて気持ちがいい。思わず頷き、目を閉じそうになったが、トビアスは、「もう平気」、と言った。
「それより、ごはん、食べた? それ、病人用のスープに見えるけど」
 トビアスの指摘にレアンドロスは笑った。
「俺もこれ食べるから」
 調理を再開する前に、レアンドロスはトビアスをソファまで運んでくれた。ブランケットをかけた後、彼はくちびるのはしにキスをする。
「レア」
 非難の声を上げても、レアンドロスは笑うだけだ。彼の背中を見つめ、トビアスはほほ笑んだ。トビアスの物語はめでたしめでたし、と結ばれた後も幸せが続く。熱に侵された体はだるいが、心はとても軽かった。うとうとしていると、彼の気配がする。
 暗くて冷たい場所に放置されていた自分が見える。光を追って駆け出したら、優しい陽だまりがトビアスを包んだ。
「俺の可愛いトビアス、早く元気になって」
 三十代の男に向かって、何をささやいているのか、とトビアスは笑ったが、笑いとともにあふれた涙は止まらない。愛されて幸せになることが結末ではなかった。まだこの先にある未来も、最愛の人と歩んでいくのだ。
 レアンドロスがもう一度キスをしても、トビアスは怒らなかった。もし彼が風邪を引いたら、今度はトビアスがささやく番だ。それを想像すると、笑えて、やはり涙は止まらなかった。


番外編16

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