never let me go33 | ナノ





never let me go33

 喉が潰れるのではないかと思うほど、マリウスの泣き声は激しかった。看護師が鎮静剤を取り出したが、ディノは首を横に振り、マリウスの背中をなでてやる。彼は何かから隠れるように体をあずけてきた。ベッドから落ちた時、手をついたのか、彼の左手は少し腫れている。せっかくギプスが外れたのに、とディノは患部を見ながら息を吐いた。
「マリウス、大丈夫だから、何も起こらない」
 五分ほどして、泣き声はしだいに嗚咽へと変わり、マリウスは苦しそうに短い呼吸を繰り返しながら意識を失った。
「彼の着替えが先だ」
 手を伸ばす看護師へマリウスが失禁していることを伝える。ディノはマリウスの病衣と布オムツを脱がせた。ディノの服も汚れていたが、ディノは上着だけ脱ぎ、先に彼の体を拭いてやる。ベッド下の床を掃除しようとすると、看護師が清掃員を呼ぶと言った。ディノはここになるべく人を入れたくないと説明する。
「申し訳ありませんでした」
 壊れたウサギのぬいぐるみと上着を持って、扉を開けると、護衛二人が謝罪した。ディノは二人に、「マリウスを頼む」、と伝える。
「この件はフェデリコ様へ報告済です」
「分かった」
 右手で上着のポケットを探り、携帯電話を取り出す。フェデリコからの着信を確認し、ディノは外へ出た。出入口から少し離れ、病院の北側へ回る。救急搬入口とは逆に位置する場所は昼間でも静かだ。
 ディノはウサギの耳をつかみ、その黒い瞳を見つめる。それから、ゆっくりと言葉をつづった。
「アレッシオ、電話しろ」
 腹にあったスピーカーは壊した。だが、瞳に仕込まれたカメラは無傷のはずだ。ディノは視線をそらさず、馬鹿げていると思いながら、もう一度言った。
「アレッシオ、俺に電話しろ」
 携帯電話の呼出音が鳴り始めた時、ディノはくちびるを歪めた。右手の中の携帯電話は非通知と表示している。ウサギを持ったまま、電話に出た。
「俺に会いに来るの、遅くない?」
 上機嫌の声を聞き、ディノは携帯電話を握り締めた。
「俺ってリストの最後のほう? でも、これ以上殺されたら、俺も立つ瀬がないからさ、早く会いに来てくれない?」
 挑発に乗るな、とフェデリコに言われていたが、会いに行かなければ、またマリウスが傷つくかもしれないと考えた。
「あの男娼はプレゼント、気に入ってくれたみたいだね。ベッドから落ちるくらい、喜んでいただろ?」
 アレッシオは小さく笑った。ピネッリ家の保護下にある。今回は仕方ないが、退院してピネッリ家の屋敷に入ってしまえば、マリウスは完全に守られる。
「……どこに行けばいい?」
 迎えを出す、と返事がきた。ディノは携帯電話の電源を落とし、病室へ戻る前に受付で紙袋を用意してもらった。そこへウサギのぬいぐるみを入れる。
 マリウスは目を開けていた。落ち着きのない様子で病室を見回している。
「マリウス」
 呼びかけても、こちらへ視線を向けることはなく、近づくと、マリウスは震えていた。こういう時は離れないほうがいい。だが、今の状況でアレッシオが何か仕掛けてきたら、今度こそマリウスは完全に壊れてしまうかもしれない。
「すぐに戻るから」
 持参していた着替えを取り出し、ディノは汚れた衣服を自分のベッドへ投げた。紙袋を持って外へ出ると、護衛が呼びとめる。
「フェデリコに呼ばれた」
 フェデリコから護衛へ連絡が入っていたら、今の嘘は見抜かれただろう。だが、二人は頷き、ディノが病室から出ることをとめなかった。アレッシオに会いに行くと言っていたなら、拘束してでもとめたにちがいない。
 駐車場にある車の助手席に紙袋を置き、ディノは運転席へ座る。それから、座ったシートの下に拳銃があるかどうか確かめ、車を発進させた。


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