never let me go31 | ナノ





never let me go31

 十分と経たないうちに目を開けたマリウスは、視線を動かし、周囲を確認してから目を閉じた。ディノが知る限り、彼が睡眠導入剤なしで眠る時間は最長二十分ほどだった。ノックの音がして、振り返ると、フェデリコが入ってきた。マリウスも目を開けて、彼を確認する。
「調子はどうだ?」
 フェデリコはマリウスへ話しかけ、それから持っていた封筒をディノを投げた。中身はピネッリ家の所有する別荘の間取り図だ。
「ちゃんと食べてるのか?」
 リスのぬいぐるみをつかんだフェデリコは、幼い子供をあやすように、リスをマリウスへ近づけ、質問を繰り返した。マリウスは二日前から、流動食を口からとるようになった。点滴だけでは栄養失調になるため、食事には気をつかっていた。
 ある日、スーパーで彼が好んで購入していたキャラクターもののヨーグルトを見せ、スプーンを口元へ持っていったところ、彼は自ら口を開いた。その日以来、冷蔵庫の中には、マリウスが好むヨーグルトやプリンがつまっている。
 ディノの食事は出ないため、あらかじめ用意しているハムやチーズ、サンドイッチ等が冷蔵庫に入っており、フェデリコはそれらを確認した後、扉にはってある献立表を見た。
「今夜はカボチャのスープにオレンジゼリーか」
 ベッドのそばまで戻ったフェデリコは、返事をしないマリウスへぬいぐるみを動かしながら続ける。
「マリウスはカボチャ、好き?」
 ディノは複数ある間取り図の中から、一枚を選び、フェデリコへ差し出す。
「お、それでいいのか?」
 リスをこちらへ向けて動かすフェデリコに、ディノは頷いた。マリウスを見ると、彼の視線はぬいぐるみを追っている。
「二人で暮らせる広さがあればいい。セキュリティの面から見てもな」
 間取り図を一瞥したフェデリコは、小さく息を吐いた。
「なら、こんな場所じゃなくて、うちに来い。屋敷の北東にこれくらいの家、建てたらいいだろ?」
 ブルーの瞳を見れば、本気で言っていることが分かるものの、ディノはピネッリ家にこれ以上、迷惑をかけたくなかった。短期間に二十人を仕留めた。それも、セレーニ家に関わりのある人間ばかりだ。ピネッリ家には無関係の報復だが、周囲はそう受けとめるはずがない。
「マリウスを見つけ出してくれただけで、もう十分だ。この病院で面倒を見てくれたことも本当に感謝してる。だが、これ以上は」
 フェデリコだけではない。彼の父親にも迷惑をかけている。世話になった恩を仇で返している状態だった。
「何だよ、この子を独り占めする気か?」
 フェデリコはリスのぬいぐるみを動かして、今度はマリウスに言った。
「こんな可愛い子、一人で守れるのかな?」
 マリウスは腕を動かして、右手でそっとぬいぐるみへ触れた。
「二人きりで暮らす? 馬鹿げてると思わないのか? 買い物はどうする? この子を連れて行くのか? 誰かに見られたら? 一人で留守番させるか? 何も起こらないように祈りながら?」
 まくし立てるように言われたが、フェデリコは責めているわけではない。口調は柔らかく、まるで弟を説得する兄のようだった。
「……アレッシオから連絡は?」
「ない」
 ディノは口の中へ入りそうなマリウスの髪を脇へとよけてやる。
「このまま何もないわけがない。その時、おまえ一人でぜんぶ背負う必要はないだろう?」
 フェデリコへ視線を戻すと、彼はいつものように笑った。感情があふれそうになり、ディノはそれを押し込めた。
「そんなこと言われても、ほだされないからな」
 フェデリコは両手を広げて、残念そうに溜息をついた。


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