never let me go29 | ナノ





never let me go29

 スコープをのぞきこんだディノは引き金に指を当てた。頬に感じる風の向きや強さで、着弾点を調整していく。春の風は時おり、予想できないほど強く吹くが、風のやむ一瞬と引き金を引くタイミングが合うと、ディノはまるで自分ではない何者かの意図を感じていた。
 ディノは無神論者であり、それを神の御業とは呼びたくはないが、そう思える瞬間は何度も経験してきた。息を吐きながら、スコープを通して対象を見つめる。彼を消せば、二十一人目だ。
 映像から切り取ることのできた対象は五十二人だった。アレッシオを入れて五十三人になる。マリウスを買ったほとんどの客が、官僚や企業の重役だったため、顔で検索すれば、すぐに名前は確認できた。
 アレッシオの部下をはじめとする、名前の分からない半数以上の標的は、フェデリコに頼んで情報屋から提供してもらった。マウロと名乗る情報屋は、マリウスの調査を行い、彼の居場所を特定する映像を持ってきた男だ。ディノは彼に直接会い、今回依頼する情報と彼が調べ上げたマリウスの情報の一切を忘れることを条件に、ディノ自身の情報を報酬とする約束をした。
 フェデリコは内心、驚いたかもしれないが、顔には一切出さなかった。やめるんだな、と確認されて、ただ頷いた。
 ディノは対象が椅子に座り、食事をするさまを見つめた。彼は代議院に席を置くある議員の秘書だった。加虐性が強く、ほとんど抵抗していないマリウスを激しく蹴り続けた。肋骨や手足の指の骨折は、彼だけが原因ではないと理解していても、ディノは怒りがわき上がるのを感じて、いったん指を離した。
 マリウスはまだ病院にいる。意識も戻り、自発呼吸もできており、命に関わる重大な傷はなかった。だが、命には関わらないが、重傷は負っている。臀部や内股に残る火傷以外に、マリウスの体にはいくつもの裂傷と切傷、そして電流による傷痕が残っていた。
 点滴による栄養補給は雑だったようで、マリウスの両腕には広範囲に渡る内出血が見られた。今もまだ固形物を口にできない彼は、液体しか嚥下できず、点滴を見ただけで怖がるため、眠っている間しか処置できない。
 ナイフとフォークを使い、昼食を進めていく男を、ディノは静かに見つめた。自然と指先が引き金へ触れる。風はまだ吹いていたが、髪を軽く揺らす程度なら照準は調整できる。給仕がグラスをミネラルウォーターで満たし、部屋を出て行ってから、ディノは指を動かした。彼の行きつけであるレストランが、防弾ガラスを使用していないことは確認済だった。それでも、ディノは一発で頭が飛ぶほどの威力を持った弾丸を選んだ。
 八百メートルほど先の高級レストランは大騒ぎになっているが、その喧騒はここまでは届かない。ディノは片づけを終え、すぐにその場を後にした。

 最近、購入した車の後部座席から紙袋を取り出したディノは、すでに顔見知りとなった受付にあいさつをしながら通り過ぎ、エレベーターへ乗った。特別個室のある五階を押下し、マリウスの病室を訪ねる。
 護衛の二人ともあいさつを交わし、ディノはノックをしてから扉を開けた。マリウスは起きていた。
「マリウス」
 呼びかけに反応したわけではなく、扉が開いたからこちらを見ているだけだった。ディノはマリウスへ近づき、彼のライトブラウンの瞳に自分が映っていることを確認してから、話しかける。
「今日はクマの友達を連れてきた。ほら」
 紙袋の中には百貨店へ寄り道して購入したクマのぬいぐるみが入っていた。マリウスが使用しているベッドは広く、彼の右隣には、これまでプレゼントしてきたぬいぐるみが並んでいた。手を伸ばして受け取ろうとしない彼に代わり、ディノはそっと彼の腹の上にぬいぐるみを置いてやる。
 腹の上に座るクマのぬいぐるみを見つめる瞳を見て、ディノは嫌だな、と思った。許可を出さなければ、マリウスは動かない。自分は支配者ではない、と言い聞かせたいが、彼の心を縛っている恐怖を取り除かない限り、彼の服従は続くだろう。
「触っていい。おまえのものだ」
 包帯が巻かれた細い腕が伸び、マリウスは可愛がるように、ぬいぐるみをなでた。


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