never let me go28 | ナノ





never let me go28

 常に冷静さを求められるため、ディノは怒りや恐怖を抑える術を教わっていた。だが、それを習得しているかどうかは分からない。仕事中は集中することで余計な感情を締め出していた。
 ソットマーレへ潜入する前に、フェデリコから渡されていたUSBメモリを寝室のナイトチェストへ置き、まずはシャワーを浴びる。できる限りゆっくり浴びようと決めていたのに、ディノは頭から水を被るように浴びて、すぐにバスタオルを巻いた。髪を乾かすこともせず、下着とシャツを身につけた状態でパソコンを立ち上げる。
 見ないという選択肢は最初からなかった。マリウスは地に這わされ、うめいていた。彼は自分がどこにいて、何をされているのかも分からない状態だった。意識を落としても、動きをとめない器具に体を反応させ、涙を流していた。
 あのマリウスの姿を見た時から、ディノの心は決まっていた。ディノはマウスを操作する。煙草を取り、火をつけた。音声のない映像データは暗いが、顔を判別できないほど解像度は下げられていないようだ。ディノは映像データを停止しながら、判別できる男達の顔を切り取る作業を始めた。
 映像の中で男達も煙草を吸っていた。だが、その煙草の火がマリウスの臀部へ押しつけられ、その度に彼がもがく様を見て、ディノは灰皿へ置いていた煙草の火を消した。これは過去のもので、マリウスはもう安全な場所にいる。そう理解していても、見るに堪えない陵辱は続いていく。
 一方的な暴力がマリウスを支配していた。抵抗しない彼の手と木製の台座をナイフで固定した客がいた。ディノは変色した包帯を思い出した。ある客は狂ったように彼を蹴り、また別の客は冒頭と同じように、彼の頭を水の中へ突っ込んだ。
 時おり、映し出されるマリウスの顔は、いつも涙で濡れていた。視線は一度もカメラをとらえず、うつむいていた。
 ディノは最後まで見た後、もう一度、最初から見始めた。全員の顔を切り取るまで、それが仕事だと言い聞かせるように集中して、何度も映像を再生させては停止した。
「……マリウス」
 ディノは手のひらで顔を覆う。どうして声をかけてしまったのか、どうして親しくなろうとしてしまったのか、どうして守ることができなかったのか、ディノは自分を呼ぶ妹の声を聞いた。一度くらい、行かないでという彼女の望みを聞いてやればよかった。
 見落としがないか確認するため、ディノは映像データを最初から再生する。昼頃にフェデリコから連絡が入るまでずっと、ディノは映像を見続けた。

 個室のある五階へ到着し、エレベーターを降りると、ダニエルが昨夜と同じ格好のまま出迎えた。
「帰らなかったのか?」
 ダニエルは頷き、個室へと案内してくれる。個室の前には二人の男がドアを守るように立っていた。ダニエルが引き戸を引いて中へ入る。機械の音が響く個室内は広く、マリウスは上等なベッドで眠っていた。
「十七時に先生が説明に来ます。それまではそちらで寝てください」
 電話でフェデリコも夕方に来ると言っていた。それまで寝ておけと言われたが、眠くはないから病院へ行くと伝えておいた。ダニエルの示した方向にはベッドが置いてある。彼が出て行った後、ディノはマリウスへ近づいた。
 まるで何もなかったかのように見えた。眠っている表情は、最後に彼の隣で眠った時と変わらない。今にも起き出して、「朝食は何がいいですか?」、とほほ笑んでくれそうだ。
 ディノは親指の腹でそっとマリウスの頬をなでてから、用意されていたベッドへ体を横たえた。眠くはならないため、目を閉じる。何も考えないようにしようと思うほど、まぶたの裏では先ほどまで見ていた映像が繰り返された。
 ベッドから移動したディノは、マリウスのそばへ椅子を押し、彼の寝顔を見つめる。首から下と腕には白い包帯が巻かれていた。
「マリウス」
 彼は深い眠りにあるようで、呼びかけには応じなかったが、ディノはもう一度、彼の頬へ触れて、その温もりに安堵した。


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