never let me go27 | ナノ





never let me go27

 予想できたことだが、マリウスの体はとても軽かった。ディノは彼の頭まで隠し、通ってきた通路を戻る。ダニエルが数ブロック先にいるフェデリコへ連絡していた。作戦は成功とも失敗とも言えない状態だった。
 ここからは無事に出られるだろうが、ディノがアレッシオと連絡を取ったことは、フェデリコを困らせるに違いない。ディノ自身もアレッシオとは関わりたくなかった。だが、関係のないマリウスを巻き込み、ここまでされて大人しく引き下がるわけにはいかない。
 足元を照らす薄暗い照明では、マリウスの具合がまったく分からなかった。はやく病院へ連れて行かなければならない。少し早足で歩いていくと、「こちらからお願いします」、と店員がバーにつながるドアではなく、別のドアを開けた。
 小雨が降っていたのか、道路は濡れていた。ダニエルの指示に従い、フェデリコの待つ車へ急ぐ。先に駆けたダニエルがドアを開けて、中へ乗り込むように促した。彼はすぐにドアを閉めて、後ろに停車していた車へと走っていく。車中で待っていたフェデリコは、トレンチコートの中を一瞥した。
「息はある」
 ディノの言葉に頷き、フェデリコは彼ら一族の者が経営している私立病院へ連れて行くと告げた。そっと手を伸ばし、マリウスの頚動脈へ触れる。強弱までは分からないものの、脈打つ感触を確かめながら、ディノは心の底から安堵している自分に気づいた。
「あの人は自分の命以外、守るべきものをつくるなって言ってた」
 ディノは頚動脈から手を離さず、暗くて何も見えない窓へ視線を向けた。その言葉にはこの稼業で生きていくなら、という前置きがあった。フェデリコには一族があり、彼の立場はまた異なる。彼は自分の命以外にも背負う命があった。
 この命が消えたら、絶望する。ディノは腹に力を込める。
「……やめるか?」
 時おり、五十歳で殺し屋稼業から引退すると口にしていた。その後は広い土地を買い、山奥へ別荘を建てて、静かに過ごす。本気ではなく、軽い冗談だった。本当は五十歳になるまでに殺されたらいいと考えていた。ディノを育てた殺し屋の男も、同業者に殺された。
 ディノはフェデリコの言葉にこたえられず、病院へ到着するまでの間、口を開かなかった。

 看護師はストレッチャーに乗せられたマリウスから、トレンチコートを引いて取った。その瞬間、明るい場所で初めて彼の体を見ることができた。その場にはフェデリコとダニエルがいた。おそらく見慣れているであろう看護師でさえ、少し怯んだ様子だった。
 エレベーターで手術室のある二階まで上がると、待機していた医者と看護師がフェデリコへあいさつをする。ディノはトレンチコートを握り締めた後、マリウスが両手に巻いている変色した包帯へ手を伸ばした。
 包帯を外していくと、血の色が鮮やかになる。
「ディノ」
 フェデリコの声に手をとめると、看護師がかすかに会釈して、マリウスを手術室へ運んだ。
「どういう状況下だったかは説明してある。検査して、必要があれば、手術するが、たぶん当分は入院することになるだろう」
 警備ができる安全な個室を用意するから、心配するな、と続いた言葉に、ディノが素直に礼を言った。いつもなら、からかわれるのに、フェデリコは何も言わず、ダニエルにコーヒーを頼んだ。ディノは待合室ではなく、階段へと足を向ける。
「おい」
 呼びとめたフェデリコを振り返り、ディノは彼の無言の問いかけにこたえた。
「医者や病院があいつの命をつないでくれることは分かってる。だから、俺はやるべきことをやる」
「アレッシオに会うのは」
「まだ会わない。名簿を作るだけだ」
 何の名簿ですか、とダニエルが聞いた。
「マリウスを傷つけた奴らの名簿だ」
 こたえたのはフェデリコだったが、ディノはかすかに笑った。
「ちがう。マリウスに触れた奴らと見て楽しんだ奴らの名簿だ」
 駐車場でピネッリ家の運転手へ声をかけ、ディノはショラネの自宅まで送ってもらった。


26 28

main
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -