never let me go26 | ナノ





never let me go26

 ディノは暗がりの中に浮かぶ二人の青年の姿を確認した後、ダニエルへ視線を送った。
「ほかには?」
 店員は少し首をかしげ、「以上ですが……」、とこたえる。ここにはいないのか、と暗闇の奥を見ると、格子の向こうに黒い影があった。高さのないゲージの中で影はかすかに動いた。ディノは目を凝らした。
「あれは?」
 問いかけに店員はすぐに反応する。
「あれは商品ではありません」
 その言葉聞いた瞬間、ディノは完全に遮断していた嗅覚が驚くべき勢いでにおいをかぎ分けていることを感じた。体液と血のにおいが濃い。音として聞き流していた悲鳴も、言葉として耳へ入ってくる。
 同時に、ディノの瞳には目を閉じているマリウスの顔が映った。ゲージの形がしっかりと見え、体を四つ這いにするしかない彼の体がけいれんするように小刻みに動いていた。
「あれにする」
 マリウスの姿をとらえたダニエルが息を飲んだ。ディノは平静さを失わずに、殺してもいい性奴隷を買い付けにきた客を演じ続ける。
「もう死にそうだし、安くしてくれないか?」
 ディノは店員を見てから、もう一度、マリウスを見た。やせた体のいたるところに傷があった。伸びた髪で隠れていたが、自害しないように口枷をされており、彼の口からは唾液が垂れている。
「申し訳ありませんが、あれは売り物ではないため、ご希望にはそえません」
 ディノはダニエルと顔を見合わせた。彼が出直そうと視線で訴えてくる。作戦ではマリウスを購入するはずだった。ここで無理やり奪うことはできない。格子へそっと触れた。本当に、平気か、と問うフェデリコの声が聞こえた。格子を握ったディノは、出直す以外の方法を考えようとしていた。
 もっと冷静になろうと、一度目を閉じて、開く。暗がりの中で、マリウスの状態がはっきりと見えた。彼は時おり、目を見開き、うめいていた。ディノは格子から手を滑らせ、右側のほうへまわり込む。彼の背後に近い位置からは、アナルへ突き刺さるものとペニスを拘束する器具が見えた。
 妹の顔は忘れた。扉を開けたら、足だけが揺れていた。その足の間を流れていた血の色だけはよく覚えている。ディノは軽くこめかみを押さえた。
 出直すという選択肢は絶対にあり得ない。マリウスは眠ることもできない状態で、肉体も精神も限界を超えている。このままでは彼も死んでしまう。
 そう思った瞬間、ディノはアレッシオの名を口にしていた。店員が不可解な表情を見せる。彼は同時に、壁にあるボタンを押そうとした。それを制し、壁際へ押さえつけ、彼のポケットから鍵と携帯電話を取り出す。
 携帯電話だけを店員へ渡し、鍵をダニエルへ投げた。靴底から取ったナイフを彼へ突きつけ、アレッシオへ電話をかけろ、と命令する。
「ディノが来ていると言え」
 末端の人間の携帯電話にアレッシオ直通の番号が登録さえているとは考えていない。案の定、電話は何人かを経由したようだ。店員が謝りながら、「すぐ代わります」、とこちらへ電話を差し出した。
 ディノはアレッシオの息づかいを聞いただけで、怒りと吐き気を覚えた。
「ディノ」
 ささやくような甘い声を聞いて、携帯電話を叩き壊したくなったが、寸前でこらえた。
「そんな安い男娼を買わなくても、俺が相手になるのに」
 右手で握った携帯電話がきしむ。ディノは怒りを胸へ押し込んだ。押し込まれた怒りは深く濃い負の感情へ変わる。
「そうか。なら、おまえに会いにいく」
「ほんと?」
 アレッシオの笑い声は耳障りだった。ディノは短い返事をして、店員へ携帯電話を投げる。ダニエルはすでに格子の中へ入り、マリウスを拘束しているゲージも開けようとしていた。
 ディノはマリウスのアナルから、できる限り慎重に器具を取り出し、前の拘束も外した。最後に口枷を外したが、マリウスは目を開けない。顔に傷はなかった。だが、体の傷は暗がりでも分かるほどだ。手には変色した布が巻かれていた。
 トレンチコートを脱ぎ、マリウスを包んだディノは、彼の体を抱えた。


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