never let me go22 | ナノ





never let me go22

 買い置きしている缶詰のラビオリを手にした時、携帯電話が鳴った。ディノは表示された名前を見てから通話ボタンを押す。相手はフェデリコで、夕食への招待だった。缶詰を見つめたまま、ディノは、もう三ヶ月は会っていないと言う相手の言葉に相槌を打つ。断ろうとしたが、結局、彼の押しの強さに負けてしまった。
 ディノは小屋を出て、クルーザーに乗り込んだ。車よりバイクのほうが移動が速く、駐車に困らないため重宝している。私有地と書かれた倒れそうな看板の前を通り過ぎ、偽名で購入した森林地帯の土地を抜けていく。舗装された幹線道路まではあまり速度を上げられない。
 この土地のほかに、ディノは自宅として使用している家を所有していた。もっとも家には八ヶ月ほど戻っていない。今回の仕事が終わったら帰るつもりでいたが、思わぬ出会いによって、ディノは次の依頼を受けつけず、ミラノから二時間はかかる片田舎に留まった。
 春の足音が聞こえてくる季節だが、風はまだ冬のままだ。革のジャケットに手袋、そしてヘルメットをしているため、寒さを感じることはない。ただ雨に濡れ、震えていたマリウスのことを思い出した。キッチンに立つ彼の首は、片手で握って潰せそうなほど細かった。

 ミラノ市内に入り、ディノは路地裏にクルーザーを駐車した。フェデリコとの待ち合わせ場所は、彼の親族が経営している老舗レストランだ。裏口から入ると、顔見知りの料理人達があいさつをしてきたが、ディノは声を出さず、軽く右手を挙げてこたえた。
 奥のVIPルームは裏口から入るほうが近い。フェデリコの護衛に連れられ、中へ入ると、彼は携帯電話をのぞきこみながら、笑っていた。彼の父親も一緒だと思っていたため、ディノは少し安堵する。ピネッリ家当主は恐ろしいが、ディノが恐れているのは、彼の父親としての側面だ。
 ディノはピネッリ家から援助を受けている。それはディノから申し出たことではなく、ディノをこの道へ導いた男との縁のためだった。
 フェデリコはディノを認めると、立ち上がって両手を広げた。八つ歳上の彼は、家族にする抱擁と見せかけて、唐突に両手を臀部まで下げてつかもうとしてくる。それを避けるために動くと、今度はキスをしようと左手であごをつかまれた。
「やめろって」
 ディノは遠距離の狙撃を得意とするが、接近戦にも長けている。フェデリコの左手首をつかみ、ひねり返すと、彼は女性のような悲鳴を上げた。毎度のことだから、互いに心得ている。力加減も分かっているため、彼の悲鳴は演技だ。呆れて溜息をつくと、彼は嬉しそうに笑った。
「今日は二人だけだ」
「テーブルを見たら分かる」
 フェデリコが椅子を引いたため、ディノはその手を払い、自分で席へ着いた。彼は気を悪くした様子もなく、視線だけで給仕を呼んだ。
「ショラネに戻ってなかったんだな」
 自宅のある街の名を聞いて、ディノは軽く頷く。食前酒、前菜と続いて、プリモ・ピアットが運ばれてきた。赤いソースがかかったラビオリだ。
「どうした?」
 一分ほどラビオリを見つめていたディノは、フェデリコの話を聞いていなかった。ワイングラスには冷えた白ワインが注がれていた。セコンド・ピアットは魚料理だと分かる。庶民料理ともいえるイサキの香草焼きを思い出した。ニンニクは控えめがいいですか、と確認してきた彼の微笑が浮かぶ。
 たった六回だ。マリウスの手料理を味わったのは六回、期間にして三ヶ月程度のことだ。
 こっそり見たメモ帳には子供が喜びそうなレシピが書かれていた。読みづらい字だったが、窓際に隠すかのように置かれていたダンボール箱のような本棚を見つけて、理解した。タブロイド誌に書かれていた情報と重なる。学校にはほとんど通っていなかったらしい。文字の読み書きができなかった彼が、どれほど苦労してその隣に並ぶ調理師免許の問題集で勉強したのか、ディノは彼の努力を思い、小さく息を吐いた。


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