never let me go21 | ナノ





never let me go21

 空薬莢の中にパウダーを詰めた後、ディノは赤銅色に近い弾頭を見て、マリウスの髪を思い出した。彼の髪は今手にしている弾頭ほど光沢はないが、赤系ブラウンの美しい色だった。
 マリウスを初めて見た時は一瞬、女性と見まちがえた。だが、バゲットを持つ彼の指先を見れば、すぐに男性だと分かった。妹と似ているはずもないのに、彼のライトブラウンの瞳は彼女を思い出させる。
 三十本のリローディングを終え、ディノは作業部屋から外へ出た。ベンチレーターが回る音だけが響く部屋はソファとテーブル、そして、小さな冷蔵庫があるだけだ。テーブルの上にはいくつかの雑誌が置いてあった。いつもなら買うこともないタブロイド誌だ。
 ディノは体を投げ出すようにソファへ座り、煙草を手にした。火をつけずに、しばらくくわえたまま、雑誌の表紙を飾るマリウスを見つめる。ほとんどの写真は彼が働いていた児童擁護施設で撮られたものだと思われた。いくつかは彼自身が逃げ出したという養護施設に残っていた写真だろう。彼を知らない人間に先入観を持たせるには十分な、おぼろげでうつろな瞳の彼が写っている。
 控えめに声を立てて笑ったマリウスの表情がよみがえった。両手を使って頬を擦る仕草が、幼い頃の妹の姿と重なり、ディノは彼のことをもっと見ていたいと思った。
 煙草に火をつけて、その結果がこれだと息を吐く。マリウスの失踪は雑誌に書かれたような逃走ではない。ディノは灰皿のそばに転がっている薬莢を見た。標的をどこから、どう狙うかによって銃器も弾丸も変える。
 弾丸は自分でリローディングしているが、薬莢じたいは既製品だ。だから、この薬莢を弾丸として放った人間がディノ自身であるという確信はない。確信はないが、これをわざわざ最近まで偽名で使用していたミラノ市内のホテルへ届けられては、マリウス失踪と関係ないとは言いきれない状態だった。
 殺し屋であるディノにとって、情報収集は簡単なことではない。情報とは提供されるものであり、その内容に従って標的を誤らずに消すことが仕事だからだ。
 マリウスのことは知り合ってからすぐに調べていた。もっとも彼が背中を向けて夕食の準備をしている間に盗み見た、運転免許証からたどれる範囲の個人情報を調べただけだ。あの時、ディノは疑問に思った。二十八歳にしては童顔だと感じた。家族を思わせるものも写真も何も、彼は持っていなかった。
 マリウス・ホワイトでもマリウス・カヴィオスでも、報道されている以上の情報を、ディノは調べることができなかった。携帯電話をいじりながら、情報屋を雇うことを思案する。自分と同じくフリーであり、腕利きの情報屋がいい。紹介してもらうことはできるが、見返りを考えると溜息が出る。
 情報屋は金で動くものの、自分が依頼主と分かれば、殺し屋ディノの情報を報酬に求めるかもしれない。本名や過去を知る者は二人になった。十三枚ある身分証の中に本当の自分はいない。
 これまで隠し通してきた自分の情報と引き換えに、マリウスの情報を買う。ディノはタブロイド誌を適当にめくりながら、自分をこの道へ導いた男の言葉を思い出した。
 命を奪い、金をもらい、情報は与えない。自分自身を守るためだ、と彼は言った。
 見開いたページの文字の羅列が意味を持つ。そこには、幼少期から実父に性的虐待を受けたと書かれていた。マリウスが怯えていると感じることは何度かあった。隣に立った時やそばに座る時、あるいは夜、眠る時だ。
 最悪の事態は、マリウスが自分を恨む誰かに連れ去られている場合だ。個人ではなく、組織であり、彼の過去を暴き、男娼をしていたという情報まで引き出していたら、彼の待遇は安易に想像できた。
 自分の命以外、守るべきものをつくるな、とも言われていた。復讐は腕を鈍らせる。
 マリウス失踪から二週間、ディノは行動を起こせずにいた。


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