never let me go13 | ナノ





never let me go13

 父親と同じなんだよ、とニケが言った。マリウスは料理長達の制止を振りきり、外へ飛び出した。こんなふうに逃げ出せば、疑いが深まるだけだと思うのに、足は止まらなかった。
 駐車場まで一気に駆けて、鍵はロッカーに置いたままだと気づき、また走る。マリウスはニケを救い出せると過信しているわけではなかった。ただ手を差し伸べるくらいなら、と考えていただけだ。だが、実際に彼を目の前にして、自分こそがまだ溺れていると気づいた。
「マリウス!」
 走ってくる料理長から逃げるように、運転席へ転がり込み、エンジンを入れた。
「マリウス、今、逃げたら、ダメだ。戻れ」
 ウィンドウを叩く料理長をまともに見ることができなかった。マリウスは首を横に振り、車を後退させ、駐車場を後にした。加速させながらギアを入れ替え、涙を拭う。悲しい記憶ばかりが思い出された。
 初めて父親に、自分達がしていることはおかしいことなのかと聞いた時、彼は優しく抱いた後、マリウスが泣き叫んで許しを請うまで暴力を振るった。体に傷が残るような殴打ではなかった。すでに出すもののないペニスと赤く腫れたアナルをいじられ続けた。
 あの夜からマリウスは、父親の意に反することを口にしなくなった。母親のことはもちろん聞かなかった。周囲へ悟られないように注意を払うようになった。その様子がかえって教師からの注目を集めていたが、マリウスが気づくことはなかった。
 施設に入った十三歳の年、誕生日の翌日にマリウスは学校で倒れた。アナルから出血したためだ。搬送される途中、救急車の中で、マリウスはうわ言を繰り返した。好奇心からアナルへ棒を入れた。何かあったら、そう言えと父親に言われていた。
 少年から青年へ成長していくマリウスの体を、父親は時おり、嫌悪していた。それは行為にもあらわれ始め、卑猥な道具とともに犯されることが多くなった。
 アパートの駐車場へ車を停めた後、マリウスは助手席に置いてある鞄からのぞくマフラーを手に取った。それを握り締め、おさまらない嗚咽を吐き出した。
 ずっと溺れ続けている。
 ダークブラウンの瞳を持つ彼は、何と言うだろう。
 仕事を失うだけではなく、犯罪者に仕立て上げられようとしているこんな時に、マリウスはディノがどんな言葉を選ぶのか気になった。
 彼なら、と期待していた。
 寒い夜に自分を温めてくれた彼なら、一緒に溺れると言ってくれるだろうか。
 マリウスは短い呼吸を繰り返しながら、ディノのマフラーを巻きつけた。自分にはこれで十分だと知っていた。車から降りて、鞄を持つと、携帯電話のランプが光っていた。着信を無視して、きしむ階段を上がった。
 まずは顔を洗わなければ、と玄関に鞄を置き、コートを脱いだ。奥から物音がして、マリウスは少しだけ怯んだ。中へ入り、キッチンにもテーブルの向こうのソファベッドにも誰もいないことを確認した。
 治安が良い場所に住んでいるわけではないため、泥棒かと思った。マリウスはソファベッドへ背中を向けて、冷蔵庫を開けた。少し屈んだ時、やはり人の気配を感じて振り返ろうとした。
 だが、マフラーの先を引っ張られ、マリウスの体はほぼ仰向けになった。
「っだ……う」
 マフラーごと口と鼻を押さえられた。抵抗しているのに、動きはすべて封じられていた。マフラーを引っ張っているうしろの一人とは別に、もう二人いるようだった。声も音もなく、ただ左腕に痛みを感じた。何かを注射されている、と思ったら、マリウスの意識は消えてしまった。


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