never let me go11 | ナノ





never let me go11

「今日は休みだろ? どうしたんだ?」
 料理長は周囲を見回してから、マリウスの返答を待たずに助手席へ乗り込んだ。マリウスは、呼吸を整え、努めて明るく言った。
「ちょっと寄っただけです」
 だが、嗚咽は消えても涙の跡までは消えず、料理長は探るような目つきに変わった。
「誰か、ひどいことでも言ったか?」
 時おり、仲間達から馬鹿にされていると知っている彼は、労わる口調で聞いた。園長や彼が父親だったら、と想像したことがあった。彼らは結婚しており、子供がいた。実際、目の前でごく日常的な父子関係を見せられて、苦しくなった。マリウスには永遠に手に入らない絆だった。
「……ニケと話してたんです」
「ニケと?」
 料理長が白い息を吐いて驚いた。
「悩んでたみたいで、その、話を聞いてみようって思って」
 食事でサポートしろと言われていたのに、職員の真似事をしたと知れたら良くないと思ったが、マリウスはうまく嘘がつけなかった。料理長は少し間を置いてから、呆れた様子で溜息をついた。だが、その溜息はマリウスに向けてのものではなかった。
「職員に無理強いされてるって話か?」
 今度はマリウスが驚く番だった。料理長は苦笑して続けた。
「嘘をついてるとは言わないが、事実だという証拠はないだろう? それに、こういうところに来る子達は、おまえが考えるよりずっと強かだ」
 冬の海へ落とされたみたいだった。ニケが嘘をついているとは思えず、料理長の言葉は施設から逃げ出してきた自分への蔑みとも取れた。もちろん彼は、マリウスの過去を知らなかったが、それだけに彼が本心からそう言っているのだと理解できた。
「でも、ニケは、嘘をついてるように、見えません。誰も、信じなかったら……」
 何とか紡いだ言葉に料理長は頷いた。
「おまえのそういう優しさにつけ込んでいるだけだ。だまされて泣きを見るのはおまえかもしれないぞ。関わるのはやめておけ」
 料理長は軽くマリウスの左肩を叩くと、助手席から降りて厨房の方向へ戻っていった。彼の言葉に悪意がないことは分かっている。だが、たとえそれがニケの思惑通りだとしても、彼のことを誰よりも理解しているのは自分だと思ってしまう。
 マリウスはエンジンを入れて、車を駐車場から出した。明日は早番だが、今夜は眠ることができないだろうと確信していた。

 園長に呼ばれたのは、朝食の後片づけと昼食の準備が始まる九時半頃だった。マリウスは結局、ろくに眠ることができないまま、早朝のシフトに入り、いつものように手を動かしていた。
 園長のオフィスは久しぶりだった。扉を軽く叩いてから開けると、予想した通りの人物が座っていた。ニケと職員のカルロ、そして、休みのはずの料理長がいた。それから、何度か話したことのあるカウンセラーも同席していた。
「マリウス、忙しい時間にすまない」
 かけてくれ、と示されたのはニケの向かい、料理長の隣だった。マリウスは頷き、エプロンをつけたままだったことに気づいて、座る前にエプロンを外した。くるくると右手に巻きつけるようにして丸める。
 マリウスは視線を上げることができなかった。ニケの味方でありたいが、厨房助手としての自分の立場も理解していた。だが、昨日の彼の涙が真実なら、「誰も助けてくれない、誰も信じてくれない」と漏らした言葉が本心なら、マリウスの取る道は一つだけだった。


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