never let me go8
駐車場へ車を入れたマリウスは、煙草を吸っているディノと目が合い、ほほ笑んだ。今晩の食事について考えると、仕事やそれに付随する悩みは消える。
「今日はラビオリにします」
ディノと共に食事をするのは、今夜で六回目だ。二回目からは彼が会計をしようとするので、マリウスは先に料理を決めて、下準備だけするようになった。すべて用意してしまうと、スーパーで買い物する機会を失うため、野菜や飲み物は当日に購入していた。
二人で店内を見てまわる。最初は緊張したが、今はまるで昔からの友人のように感じていた。
「ワイン、これでいいか?」
ディノの手にしているボトルに視線をやり、マリウスは頷いた。朝食にパニーニを作るため、フォカッチャを二つ袋へ入れる。朝起きるとディノの姿はないが、朝食を作っておくと、彼はそれを持っていった。マリウスが先にレジで会計をすれば、彼は必ずテーブルの上に代金を置いていく。
そのやりとりが、部屋へ直接来ないことや、携帯電話の番号を知らないことを差し引いても、家族のような、兄弟のような親しみを感じる理由だった。
マリウスはコートをかけてから、冷蔵庫に準備しておいたラビオリを取り出す。ホウレンソウとチーズ、ひき肉とタマネギの二種類を分けて、タッパーに入れていた。
トマトソースで食べることが好きだと言っていたディノは、ダイストマトの缶詰を見て、ほほ笑んだ。温かみのあるダークブラウンの瞳が輝く。何か手伝うかと聞いてきた彼に、首を横に振り、マリウスはキッチンへ立った。
少しかたくなっているバゲットをオーブンへ入れ、鍋の中へダイストマトを入れて、塩と胡椒で味つけをしていく。そこへ種なしのオリーブも加えた。
別の鍋では、すでにラビオリが浮き、マリウスは仕事場のように手早く、ラビオリをすくい上げて、隣の鍋へ移す。それから、オーブンから取り出したバゲットを切り分けた。生のニンニクを半分にして、軽くバゲットの表面へ擦りつける。
振り返ると、ディノがこちらを見つめていた。手には本を持っている。彼がよく読んでいるのは、推理小説や実用書だった。少しだけ中を見た時に、貸そうか、と聞かれて、首を横に振った。
難しくて読めないということを、あんなに恥じた瞬間はなかった。マリウスはディノが注いでくれたワインを飲み、くちびるを舌でなめる。トマトソースの味を見てから、テーブルの上へ皿を並べた。
一口食べたディノが破顔する。それを見て、マリウスはほほ笑んだ。おいしい、と言ってもらえることに、安堵と喜びを感じる。共通点はほとんどない二人だが、食事の後は映画を見て過ごした。映画がなければ、ドキュメンタリー番組を見た。
ディノは興味がなければ、持参している本へ視線を落としていた。マリウスのグラスが空になると、彼は片手を伸ばしてグラスを満たしてくれた。
ちょうどコウテイペンギンのメス達が腹いっぱいに魚を詰めてハドルを組んでいるオス達のもとへ帰ってきた場面で、自然の中の家族の姿に心が揺さぶられた。子供を亡くした母親達がこぞって孤児になってしまったペンギンを追いかけるところでは、行き過ぎた愛情が孤児のペンギンを踏み潰してしまうという解説を聞き、ワイングラスを握る。
「マリウス?」
本を閉じて、こちらを見つめるディノは、かすかに震えるマリウスの手からワイングラスを取った。
「寒いのか?」
マリウスは、「違います」、と答えて、愛らしく見えるコウテイペンギンの姿へ視線を戻した。 |