meteor15 | ナノ





meteor15

「ベーコンエッグ、焦げちゃったなぁ。もう一回焼き直すから、その間にシャワー行ってこいよ」
 キッチンからの声に由貴は立ち上がり、バスルームへ行く。鏡に映し出された自分の姿に驚いた。
 目の周りは赤く腫れていて、鼻水まで垂れている。まるでわがままが通らずに駄々をこねて泣いた子どもみたいな顔になっていた。
「ダサい」
 鏡に中の自分に一言冷たく言い放ち、由貴は服を脱いだ。

 お気に入りのブラックジーンズに赤のチェック柄のシャツを着た由貴は、目の前に差し出された電話の子機とトーマスを見比べる。
「だから、ホームシックじゃないって」
 トーマスは顔を上げると、苦笑する。
「隠すなよ。家族に電話、全然してなかっただろう? 別にじゃんじゃんかけていいって、パパが言ってたし、遠慮しないで」
 由貴は子機を渋々受け取ったが、そのままリビングへ入って、テーブルに並べられている朝食を見た。
「トーマス」
 電話を握り締めて、由貴はまた泣きそうになる。
 テーブルの上には由貴が持参していたみそ汁のパックと、前回炊いた時に冷凍していた白飯が並んでいる。
「どのくらいお湯入れていいのか分からないから。でも、ご飯はもう温めておいたから、あ、ちょっと温め過ぎたと思うけど」
 白飯から立ち上る湯気に、トーマスが言う。
 由貴は子機をテーブルに置いて、リビングの扉の前に立っているトーマスの元へ駆け寄った。
「ありがとう」
 背伸びをして抱き締めると、トーマスの体が強張るのが分かる。
「あ、これは、あの、ヨシ、離れて……こ、殺されるから」
 物騒な言葉に、由貴がトーマスの視線の先を追う。
「アラン」
 眉間に皺を寄せたアランが、不機嫌そうにトーマスを見ている。
「アラン、仕事は?」
 由貴は疑問をそのまま口にする。
「抜けてきた」
 そんな簡単に抜けてこられる職場なのか、という由貴の気持ちを読んだように、アランが続ける。
「自営業みたいなものだから、いつ休憩しても誰も文句は言わないさ」
 由貴がトーマスから離れて、アランの目の前に立つと、彼の大きな手の平が頭の上を撫でていく。
「何でまだ髪を乾かしてないんだ?」
 アランは由貴の腕を引っ張り、バスルームへ向かう。トーマスは今だ、とばかりにそそくさとキッチンから朝食を持って自室へ隠れた。
 温かい風を受けながら、由貴はぼんやりと鏡の中に映るアランを見る。美しくまとめられた波打つ髪は乱れも知らず、そのまなじりにかかる一房の髪をうっとうしそうにかき上げる仕草は溜息が出るほど決まっていた。
 こんな素敵な人に恋人がいないはずがない。週末だけでも相手にされて、幸運だったと思わなければ、由貴はそう考える。
 アランはドライヤーの電源を切ると、そのまま由貴の耳朶の後ろへ鼻を寄せる。くすぐったくて身をよじった時、鏡の中のヘーゼルナッツ色の瞳と目が合う。その欲情に濡れた色に、由貴は興奮した。
 この人はまだ自分に欲情している。
 その事実を目で見て、由貴は大きく安堵した。二、三度寝れば、終わる関係にはならなかった。毎週末、彼は由貴を抱いてくれる。
 その関係でいい、そう思っていたのに、今は確かな約束が欲しかった。
 自分だけが特別だという優越感を味わいたかった。
 誰かのただ一人でありたかった。
 望んだものは何一つ手に入らない関係。
 いや、たった一つだけ手に入っている。由貴は座ったまま体をひねり、アランに抱きつく。縋っているようにも見えるその体勢で、由貴は静かにささやいた。
「セックスして」
 乱暴に。

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