ひみつのひ番外編21/i | ナノ


ひみつのひ 番外編21/i

「待って、知ってたのか……?」
 当然だ、と言いたげな視線に、悠紀はなぜか泣けてきた。少しの怒りと深い安堵だった。稔がどうしようもなく途方に暮れている原因を知っていても、智章は別れたりせず、ただ距離を置いたのだ。自分には絶対に真似できない。
「俺も藤の人間だからね。どうすれば稔が身を引くか、分かるよ。分かってたのに、誘拐される隙を見せて、傷つけた。本当に罪を負うべきは俺のほうだ」
 悠紀は智章の背を見ながら、彼のような人間に愛される稔は幸せ者だと思った。彼は地位や権力に振り回されず、自分にとって大切なものを見失っていない。同時に、稔もまた、彼に付随しているものではなく、彼そのものを見ている。
 二人は大丈夫だ、と確信し、悠紀は鍵を開けた。部屋を出た時、稔はまだ寝ていたため、鍵は持って出ていた。ベッドで眠っている稔を見下ろした智章が、ひざをつき、彼の髪をなでる。
 おとぎ話の結末みたいに、稔が目覚めた。彼は笑みを見せることなく、青ざめた表情で上半身を起こす。
「と、ともあき……」
 智章はほほ笑んだ。
「おはよう、稔」
 悠紀は稔の泣き声を聞き、自分の部屋だったが、そっと扉を閉めて外へ出た。いつか自分にも好きな人ができたら、としばらく考えてから、もしかして、今、自分のベッドの上で仲直りしているのではないか、と勘繰る。悠紀はまたそっと扉を開けて、中へ入った。
 稔が呼吸を乱しながら、辛い出来事を伝えている最中で、悠紀は思わず息を止めた。稔はとても取り乱していて、ただ泣いているようにも聞こえる。
「稔」
 聞いているだけでも心が痛む稔の言葉を遮り、智章の声が響いた。
「おまえが経験したそのことで、俺とつり合わないと思うなら、藤の家と縁を切った俺も何の価値もない人間だ。そんな人間に、おまえを愛することができないって言ってるのと同じだよ」
 ちがう、と稔の弱々しい声が聞こえる。智章は溜息をつき、それから、少し笑った。
「ちゃんと伝えてきたつもりだったけど、分かってなかったんだね、稔。俺は、おまえが苦しんでるのに、おまえを一人にしたりしない。自棄になって別れてって言われても、おまえが今一番、必要としてる手を差し出さずに、逃げたりなんかしない」
 悠紀は手で口を押さえた。稔の泣き声につられて、悠紀自身も泣きそうになる。
「昨日、稔の家に行って、ご両親へあいさつしてきたよ。俺が実家とは縁を切ったから、大学も辞めて、こっちに戻って、派遣社員で働いてる話もした。おじさんたち、落ち着くまで一緒に暮らせばいいってさ。俺のこと、婿養子にしてくれる?」
 泣いていた稔はようやく笑ったようで、泣き声の代わりにくちづけを交わす音が聞こえた。
「このまましたいけど、部屋の主が困るだろうから、とりあえず秀崇たちの部屋に戻ろうか?」
 智章は悠紀の存在に気づいていたようだが、稔は今、気づいたようで、慌ててベッドから降りた。
「そうだった、悠紀のベッドだった……」
 照れ隠しに笑う稔に、悠紀は冗談めかして言う。
「別に使ってくれてもいいよ。ただし、今のすがっちには払えないような、高級ベッドを要求するけど」
 給料が入ったら礼に寄る、と告げた智章は、稔の手を握った。高校時代から自分だけが独り身かと思い、苦笑いが漏れる。だが、次元が違うと思っていた二人に頼られて、悪い気はしない。
 つないだ手を隠すことなく歩いていく二人の姿を、悠紀はいつまでも見送った。


番外編20

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