ひみつのひ番外編19/i | ナノ


ひみつのひ 番外編19/i

 二つ返事で皿を差し出すと、稔が笑った。
 ようやく自分の知る稔の笑顔に、悠紀もつられて笑みを見せる。
「好きなだけ、ここにいていいから」
 本心からの言葉を聞いた稔が、遠慮がちに首を横に振る。
「そんな長く、迷惑かけないよ。あと、二、三日だけ」
 智章が来ていたことは言わなかった。テレビをつけて、「こういうの見るの、久しぶりなんじゃない?」と話をすると、稔は頷いて、小さく笑った。
「寮の時みたい。智章と付き合うまで、よく一緒に……」
 稔は智章の名を口にした後、急に黙り込んだ。彼はグラスを両手で挟み込み、溜息をつく。
「実は、智章とは、別れたんだ」
 驚くことはなかった。稔や智章の様子からすれば、今の稔の言葉は想像がつく。悠紀は静かに、「そうか」と続けようとした。その相槌を止めたのは、稔だ。
「でも、俺が望んだだけで、智章は別れてくれない。実家だとすぐに見つかるし、それで、悠紀のとこに来た」
 ここもすぐに見つかる場所であり、すでに智章は把握していると言いたいが、悠紀はそれらを飲み込んで、「そうか」とこたえた。
「……前、向こうで会った時、順調そうだったのに、何かあったのか?」
 慎重に問えば、稔は、「うん」と苦笑した。
「あったよ」
 眼鏡を外した稔が、涙を擦る。悠紀は体をひねり、ティッシュを箱ごと彼の前へ置いた。
「俺、智章の人生、壊した」
 稔の話は、智章の祖父が亡くなったところから始まった。彼の祖父の遺言状では、藤グループの中核にある藤鋼鉄株式会社の後継者に智章が指名されていた。だが、智章の父親は幹部達とともに、義理の息子を後継者に仕立て上げた。
 智章がアメリカにいる間に、彼の妹の智美と婚姻関係を結ばせて、智章を藤グループから締め出したらしい。祖父が存命の頃には続いていた援助も消えたが、智章自身、もともと藤グループの所有物に興味はなく、相続放棄をしろ、と迫る両親の言葉に二つ返事をしたようだ。
 そこまで聞いて、悠紀は藤家に嫌悪感を覚えた。二人の関係を認められないからといって、会社からも家からも締め出すなんてひどい話だ。しかも、その罪悪感を背負っているのは、パートナーである稔だった。
 援助がなくとも、二人は卒業まで大学で学べるはずだった。だが、智章に相続を放棄させ、藤家から勘当してもまだ足りなかったらしい怒りは、稔へと向けられた。
「……誘拐、されたんだ」
 稔はくちびるを噛み、あふれた涙を手で押さえた。悠紀は誘拐と聞くと、子どもを想像したが、確かに智章の大事なものといえば稔だ。首謀者がどこの誰であるのか、聞かなくても分かった。だが、藤家は誘拐事件との関係を否定し、智章は犯人グループに命じられた通りの身代金を払った。
「それが、藤の全財産だったのか?」
 二度、三度と頷く稔は涙声で続けた。
「家具とか、も、ぜんぶ、売って、チケット買って、俺の、ケガ、ちりょ、して、ともあき、だいがく、ちゅうたいした」
 嗚咽を漏らしながら、稔は智章だけは大学から奨学金をもらい、継続できるはずだったことも話した。彼は優秀で、教授たちのお気に入りだった。残れたはずなのに、自分のために何もかも捨てて、日本へ戻ってきた、と稔は言った。


番外編18 番外編20

ひみつのひ top

main
top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -