ひみつのひ番外編18/i | ナノ


ひみつのひ 番外編18/i

「稔、ここに来てる?」
 悠紀は頷き、鍵を取り出しながら、「まだ寝てるけど」と急いで扉を開けようとした。智章はそれを制して、苦笑いを見せる。
「ここにいるならいいんだ」
 俺は秀崇達のところにいるから、と悠紀の横を通り過ぎ、智章が去っていく。
「え、ちょっと」
 悠紀が振り返った時には、彼はもう姿を消していて、片廊下の手すりから乗り出すように駐車場を見下ろすと、駅のほうへ走っていく彼が見えた。悠紀は小さく溜息を吐き、部屋の中へ入る。
 けんかではないことは分かっている。これまで彼らが言い争うところは見たことも聞いたこともない。ベッドの上では、稔がまだ眠っていた。起こさないように、なるべく音を立てずに朝食の準備を始める。
 悠紀は目玉焼きを皿へ移しながら、進路を決めたと話してくれた稔の言葉を思い出す。智章と一緒にアメリカへ行く、と彼は涙をこらえていた。嬉し涙もあっただろうが、半分は先の見えない不安もあったと思う。
 相手は藤グループの長男だ。悠紀は自分が見た嫌がらせも含めて、稔が相当な仕打ちにあってきたことを知っていた。彼が耐えてきたのは、智章への思いゆえだったことも知っている。
 だから、この先も智章といることを選んだ稔に、強くなったと誇らしい気持ちになった。同時に、何かあった時は自分を頼れと何度も言った。まだ眠っている稔を見下ろす。毛布の下に見える白いうなじに、切り傷があった。そっと手を伸ばしてみると、彼が驚いたように目を開き、声を上げる。
 拒絶の言葉に、悠紀は呆気に取られて稔を見返した。彼はすぐに親友だと気づき、恥ずかしそうに視線を落とす。
「ごめん、悠紀。悠紀の部屋まで来たって、忘れてた」
 眼鏡を探す稔の手に、悠紀はテーブルに置いていた眼鏡を渡してやる。
「いや、大丈夫だけど、全然いいんだけど……」
 何があったんだ、と聞いても、こたえてくれない気がして、悠紀は稔を気づかった。
「とりあえずさ、ごはん、食べる?」
 眼鏡をかけた稔は、小さくほほ笑んで頷いた。

 三時間ほどの合同説明会に参加した悠紀は、自分の部屋に明かりが灯っていることを確認して、不思議な気持ちになった。大学生活の中でも恋人という存在はいない。友人達と騒いでいるほうが楽しく、今もその気持ちのほうが強い。
 鍵は稔に渡していた。インターフォンを鳴らすと、中から彼が開けてくれる。
「おかえり」
 出迎えてくれた稔は、昨晩、悠紀が貸した服を着ていた。シャワーも浴びたらしく、髪からは最近買い替えたばかりのシャンプーの香りが漂う。
「お、うまそう。ありがとう」
 夕飯くらい作る、と言われ、悠紀は食材を買うための金を渡していた。稔が財布を持っていないことは知っていたため、先に持たせると、彼は申し訳なさそうにうつむいていた。彼の携帯電話も解約したのか、現在使われていない、とアナウンスが流れていた。
 カレーライスとトマトとオニオンのサラダを食べる前に、悠紀は着ていたスーツを脱ぎ、普段着へ着替える。
「忙しい時期に、ごめん」
 食事をしながら、稔がまた謝る。悠紀はさっぱりしたビネガーの香りが立つサラダを頬張り、首を横に振った。カレーくらい自分でもできるが、稔の作ったカレーとサラダはとてもおいしく、話す時間がもったいないと思えた。
「おかわりする?」


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