ひみつのひ番外編17/i | ナノ


ひみつのひ 番外編17/i

 悠紀は唐突に現れた稔を見て、驚きを隠せなかった。彼はアメリカにいるはずであり、夜中の二時に訪ねてくるような非常識な人間ではないからだ。だが、彼の表情を見れば、何か悪いことがあったと分かる。
 稔を中へ招き入れ、悠紀は彼の着ていたコートへ手をかけた。
「いい」
 稔は小さな声で拒絶するように、自身の体を抱く。照明の光に照らされた雨粒がきらきら光る。
「それじゃ風邪ひく」
 尋常な様子ではない稔に、悠紀は動揺していた。彼と最後に会ったのは二年ほど前だ。高等部の頃と変わらず、アメリカでの大学生活と智章との同棲を楽しんでいたのに、今の彼は見たことがないほど悲愴だった。
「座って。何か飲む?」
 二年ほど会っていないが、電話で声は聞いていた。半年ほど前に話した時は、日本へ戻る予定など一言もなかった。悠紀は冷蔵庫にあった麦茶をグラスへ注ぎ、まだ立ちつくしている稔へ差し出す。
「ありがとう」
 弱々しくほほ笑んだ稔は、グラスから一口だけ麦茶を飲んだ。体のどこかが痛むのだろうか、かたい動きで腰を下ろす。
「ごめん、こんな時間に」
 礼の後は謝罪だった。就職活動も始まり、今週は合同説明会が二回ある。悠紀は自分の都合を顔に出さず、首を横に振った。よほどのことなのだ、と思ったからだ。
「……しばらくここにいてもいい?」
 ためらいがちな言葉は小さな音だった。雨粒で濡れた眼鏡を外し、稔は涙のにじんだ目を閉じる。乱暴に手で拭った時、コートの袖がまくられ、細い手首が見えた。細さには驚かない。ただ、手首にはっきりと赤いあとが残っていた。
 悠紀は智章のことを聞こうとしてやめる。
「俺、明日は何もないから、ベッド、使って」
 奥のベッドのシーツを確認する。いつ交換したか覚えていないが、汚れてはいない。稔も気にしないだろうと、悠紀は彼に声をかけた。客用の小さな布団を押し入れから運ぶ。コートの下は長袖だったが、薄いカットソーだった。
「寒くない?」
 稔が頷く姿を確認してから、電気を消す。
「ほんと、ありがとう」
 親友はまた礼の言葉を口にして、ベッドの中へ潜り込んだ。色々と考えることはあるが、悠紀はすべて明日、聞けばいい、明日になれば分かると目を閉じた。

 悠紀が起きた時、稔はまだ眠っていた。朝食用のパンは一枚しかなく、悠紀は財布と携帯電話を持って外へ出る。電話帳から選んだのは智章のデータだ。近くのスーパーまで歩きながら、携帯電話を耳へ当てる。
 確かめるようにして、もう一度、発信ボタンを押したが、現在使用されていないというアナウンスが流れてくる。
 二人分の食料を数日分と具合の悪そうな稔のために風邪薬を買い、悠紀は階段を上がった。
「あ、え……」
 扉の前には稔と同じく憔悴した様子の智章が立っていた。
「久しぶり」
 表情からは疲労が感じられたが、智章の声には覇気があった。


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