エウロパのうみ31 | ナノ





エウロパのうみ31

 明達は殴った右手を軽く振り、まだ怒りがおさまらないと言いたげにこちらを見つめる。
「何でだよ」
 時和は左頬に左手を当てて、涙を拭い、明達の言葉を待つ。
「恋人になって、とか、よく言えたな。こんな……結局、おまえ、誰でもいいんだろ?」
 ちがう、と叫ぶように言うと、明達は冷笑した。
「じゃあ、これ、何だよ」
 携帯電話の画面に映し出されたのは、男二人と淫らにもつれ合う時和自身だった。嫌がっている様子もなく、彼らを誘っているようにしか見えない。
「それ、は、おれ、ちがう、おれ、なんか、へんなくすり、で」
 涙を流しながら、時和は合意ではないと、襲われたのだと説明しようとした。
「服、脱げ」
「な、な、で」
「いいから、脱げ」
 時和は明達に従い、下着まで脱いだ。彼の視線が確認するように動き、それから、額を押さえ、笑い出す。
「嘘つき」
 時和は、嘘ではない、と言ったが、明達は信じなかった。合意でなかったなら、抵抗したはずなのに、時和の体には傷がない。
「DVDは仕返しだから。おばさんのスーパーにはさすがに置いてないけど、俺や杏里に近づくなら、ばらまくからな」
 意味が分からなくなり、時和はすがるように明達を見つめる。
「コンビニ、行ってないのか? おまえのこの映像、焼いて配った」
 いい気味だと笑った明達だが、その表情は暗い。時和は彼の気持ちを踏みにじったのだと知った。自分のために、彼女と別れるとまで言ってくれた彼の決断を汚してしまった。
「ご、ごめっ、あき、ごめん」
 もう遅い、と最終通知のように、明達は言った。
「もう遅いし、それに、俺は、おまえに惑わされてただけだから。俺はおまえと違う。高校の時だって、おまえがして欲しそうだったから、しただけだ」
 明達が出ていった後も、時和は裸のまま立ち尽くしていた。彼に言われた言葉は、時和の心へ迫り、しだいに意味を変えていく。
 高校時代、時和は確かに明達のことを意識して見ていた。その視線で、きっと明達を困らせ、彼を自分の側へ引きずったのかもしれない。記憶はあいまいだ。だが、もしかしたら、キスしてと迫ったのかもしれない。
 同様に、あの夜も浮かれて、見ず知らずの男をそういうふうに見たのかもしれない。思い出したくはないが、時和は自ら、ペニスを入れて欲しいと、めちゃくちゃにして欲しいと口を動かした気がした。
 ベッドの上に置いたコートのポケットを探り、時和は迷うことなく善に電話をかける。留守番電話のアナウンスに電話を切り、彼の贈り物である服をもう一度、身につけた。ふらふらと通りまで出て、タクシーに乗り、彼のマンション前まで運んでもらう。庇のある玄関口から少し離れ、植え込みのそばに腰を下ろした。
 タクシーの中では我慢していた涙があふれ、時和は嗚咽を漏らす。携帯電話が震えていた。善からの連絡だと確認してから、通話ボタンを押す。
「さっき、出られなくてごめんね。アルバイト先に、あいさつは済んだ?」
 優しい声だった。時和は善の明朗な声に、こわばっていた心や体がほぐれていくのを感じる。
「善さん……」
 ただ名前を呼んだだけだったが、涙声に気づいた善は、「今、どこにいるの?」と聞いてきた。
「善さんのマンションのところ」
「中に入った?」
 入れないことを言う前に、善は風除室にあるタッチパネルに入力する暗証番号を教えてくれる。
「エントランスのソファに座って待ってて。すぐ……十五分くらいで帰るから」
 言われた通りの番号を入力して中へ入る。しばらくすると、奥にあるコンシェルジュから管理人らしき男が出てきた。時和は身構えたものの、彼は紅茶を運んできただけだ。
「村本様から連絡を頂いております。ごゆっくり、くつろいでください」
 涙の跡を見られないよう、時和は深く頷き、礼を言った。


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