エウロパのうみ25/i | ナノ


エウロパのうみ25/i

 ボディソープのような、いい香りがした。時和は瞬きを繰り返す。知らない部屋だったが、内装や寝かされているベッドを見れば、すぐに分かる。体を起こそうとして、下半身に走った痛みに顔をしかめた。天井を見つめ、明達と思いが通じ合った瞬間のことを思い出した。
 ぼんやりと視界がにじみ、胸が苦しくなる。時和はか細い嗚咽を上げながら、涙を流した。明達に知られたら、彼はどうするだろう。また無視されるのだろうか。
「時和君? 起きた?」
 ドアを開けたのは、予測通り、善だった。ここは彼のマンションだ。
「あ、あの、ごめ、ごめんなさい」
 時和は泣きながら謝り、体を起こそうとした。善が手を貸してくれる。
「謝らなくていいよ。病院は嫌がったから、懇意にしてるドクターを呼んだ。昼にもう一回、来てくれるからね」
 昼、と言われて、時和はナイトチェストにあるデジタル時計を見た。七時を回ったところだ。曜日の感覚がなく、善に日付を尋ねた。
「二日だよ」
 善はペットボトルのふたを開け、ストローを入れた。
「少し飲んで」
 時和は言われた通り、水を飲む。喉が渇いていたことを突然、思い出した。そういえば、尿意もあったはずだ。時和は水を飲んだ後、そっと右手を毛布の下へしのばせた。チューブのようなものが伸びている。こちらの表情を見ていた善が、安心させるような声音で言った。
「それはドクターがしてくれたから、心配しないで」
 気を失っていたとはいえ、時和は恥ずかしくて、カテーテルの先にあるバッグを見ることができない。
「着信があったアルバイト先と時和君のお母さんには連絡を入れた」
 二日、と聞いた時にあった違和感が焦燥感に変わる。年末年始は交代できる人間が少ないため、穴をあけられない。せめて今夜は出勤しなければ、と体を動かそうとした。だが、体は高熱におかされた時のようにだるく、節々が痛む。
「店長さんには暴行事件に巻き込まれて、しばらくは行けないって話したんだ。お母さんのほうには、体調不良だから、俺の部屋で預かるって言った」
 善がそっと体を支えて、もう一度寝かせてくれる。
「ほん、とに、めいわくかけて、ごめ」
 くちびるに善の指先が触れた。彼は、「いいから」と優しく言い、その手で髪をなでてくれる。なぜかまた涙があふれた。
「彼にも連絡しようか?」
 時和は首を横に振る。
「リビングのほうにいるから、何かあったら呼んで」
 善は少し身をかがめて、額へキスをくれた後、扉を半開きにしたまま、出ていく。しばらく天井を見つめ、それから目を閉じた。
 誰にも言うなよ、という声が響く。目の前には明達がいた。椅子を引く音がして、時和も立ち上がる。チャイムの音で、学校にいると気づいた。周囲を見回すと、皆がこちらを見て笑っている気がした。
 ちょっと来い、と突き飛ばされ、男子トイレで暴言を吐かれた。侮蔑の言葉に泣きそうになり、くちびるを噛み締めていると、女みたいだ、と嘲笑された。時和はその笑い声を背中に受けながら走り続けた。
 走り続けた先に明達が見えて、時和は助けを求める。だが、彼は時和の声が聞こえない様子で、一度もこちらを見てくれなかった。
 ピっと電子音が鳴る。赤い点が時和を見ていた。嫌だ、と声に出したのに、時和の声は時和自身にも聞こえない。時和はあせって、何度も嫌だと叫んだ。赤い点はずっと時和を見つめ続けている。
「っや、ぁあー!」
 もがくように体を動かすと、「時和君っ」と慌てた声が間近に聞こえた。



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