エウロパのうみ24/i | ナノ


エウロパのうみ24/i

 尿意を感じた時和は意識を浮上させた。目に入ったのは高い鉄筋がむき出しの天井と、高く積まれた木箱だった。寒さに身を縮こませ、マットレスに手をつく。そのマットレスを見た時、時和は自分に起きたことが現実なのだと理解した。途端に尿意よりもアナルの違和感や体のだるさのほうへ意識がいく。
 マットレスから降りて、下に落ちている衣服の元へ行こうとした。立とうと踏み込むと、腰が抜けたようになり、ひざをつく。時和は震えながら、衣服を引き寄せた。真ん中から切り裂かれていたが、裸でいるよりはいい。どうして、という疑問は消え、ただ、どうしたらいいのか分からず、薄暗い倉庫の中で途方に暮れた。
 財布と携帯電話を見つけて、四つ這いで移動する。携帯電話はランプがずっと点滅しており、不在着信が入っていると知らせている。時間を見て、真っ先に夜勤のことを考えた。無断欠勤は初めてだ。履歴にはコンビニエンスストアの番号、大平の番号、そして母親の番号が並ぶ。その中に混じって善からも連絡があった。
 時和はふらつきながら、立ち上がり、扉のほうへ歩いた。困った時は母親へ相談した。だが、今は相談できない。傷つけてしまう、と思った。同じ理由から、明達にも頼ることはできない。せっかく同じ気持ちだと言ってもらえたのに、自分のこんな姿を見たら、彼はどう思うだろう。考えるだけで、気持ちはどんどん沈んだ。
 防波堤の先にある黒い闇を見つめる。波の音を聞きながら、時和は際まで行き、じっとその闇を見た。落ちても、泳ぎきる自信があった。死にたいわけではない、と自分が一番よく分かっている。ただ、どこまで、どんなふうに泳げばいいのかは分からない。
 あふれた涙が冷たくなった頬を流れていく。手の中で震えた携帯電話を見た。善の名前が表示されている。時和は通話ボタンを押して、耳元へ持っていく。
「時和君?」
 嗚咽のような音でしか返事ができない。
「夜中にごめん。電話、切られたから、何だか心配でね」
 いつもと変わらない、穏やかな善の口調に、時和はとても安堵した。嗚咽が聞こえたのか、善は、「どうかした? あ、仕事中?」と続ける。
「よ、っ……よしさ、ん」
 何かあったらいつでも相談に乗る、と言ってくれた善の言葉を思い出す。助けて、と言葉にすると、電話越しの彼の声はいっそう頼もしいものへと変わった。

 周囲にあるのは倉庫と海だった。たったそれだけの説明で、すぐに善が場所を特定できるとは考えていない。歩いて、港から離れれば、何か目印になるものがあるかもしれないが、時和は寒さと膀胱の痛みから座り込んだまま動けなくなっていた。
 ランプの光が見えた時、善ではないかもしれないと思った。倉庫の間へ身を隠したまま、通り過ぎた車を目で追う。
「時和君っ」
 時和は立ち上がれず、這うようにして、顔を出した。
「時和君!」
 善がコートを脱いでかけてくれようとする。
「だめ」
 時和はそのコートから脱げるように身をよじった。
「よご、れます、だめです」
 体を後退させたが、善はコートごと時和を抱き締めてくる。
「汚れるのが何? こんなに冷えてる」
 そのまま抱えられ、後部座席へ運ばれた。善は毛布を広げ、足元まで覆ってくれる。暖房で温められている車内は心地よく、時和は目を閉じそうになる。
「すぐ病院に行く」
「いいです、あの、善さんのとこで、きがえ、させて、もらったら、それで……」
 お手洗いも貸してください、と言ったつもりだったが、時和はもう目を開けていられなかった。



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