エウロパのうみ28 | ナノ





エウロパのうみ28

 善は首を横に振り、母親は見ていないだろうと示した。
「あ、の」
 一人ではどうしようもなく、助けを必要とした時に手を差し伸べてくれた善に、明達のことを聞くのは失礼な気がしていた。彼の好意を踏みにじるみたいだった。
「明達から、長谷川明達で登録してる人から、連絡、入ってましたか?」
 時和は善を見ていることができなくなり、少し視線を落とした。
「いや、なかったけど……アップされた映像はページと一緒に削除したよ」
 パスワードを変えられたと聞いていたため、時和は善の話す進展に顔を上げる。
「そういうことに精通してる人を雇ってね。映像はコピーされてないみたいで、あれからネット上ではアップされてないみたいだけど、しばらくは様子見が必要だと思う」
 善が歳上であるということを差し引いても、彼には人を安心させる力がある。時和はにじんだ視界を手で擦り、ただ礼を述べた。彼は少しだけ体を寄せてから、抱き締めてくれる。
「でも、まだ犯人達は分からないし、君は傷ついたままだ」
 悔しそうに言う善に、時和は笑みを見せた。
「俺はもう平気です。善さん、本当にありがとうございます」
「そんな出ていくみたいな言い方、嫌だな。もうしばらくは、ここで療養するよね?」
 迷惑をかけているという思いから、時和はなるべく早く帰るつもりだったが、善の言葉は時和がここにいるという期待とほんの少し、遠まわしな強要に聞こえた。
「……善さんのご迷惑じゃないなら」
「迷惑なんて、そんなことない。よかった」
 善のくちびるが頬に当たる。一瞬、触れるだけのキスだった。だが、それだけのことなのに、時和はうろたえた。明達を裏切るような気分になる。
「夕食、おかゆでいいかな?」
「はい」
 買い物に行ってくる、と言われ、時和は素直に頷いた。善のいない間にベッドから出て、明達に連絡しようとひらめいたが、携帯電話がない限り、明達の番号は分からない。時和は大人しく目を閉じて、早く立ち直ることだけを考えた。

 廉が花とチョコレートを持って訪ねてきたのは、母親の訪問から二日後のことだ。彼は一人ではなく、引っ越し祝いパーティーで会った希望も一緒だった。善は二人に体調不良だと話したようだが、顔を見てから、勘のいい廉は気づいたようで、労わるように声をかけてくれた。
「それで?」
 希望は長いまつげを伏せてから、大きな瞳を開き、廉が持ってきたチョコレートを一つ、口の中へ入れる。廉は善が見せた花瓶を見て、花を持って出ていってしまった。苦手意識はないものの、希望の唐突な話の促し方に、時和は何の話だったか分からなくなる。
「善と寝た?」
 以前にも同じことを聞かれた。時和はまた同じ質問をしてくる希望に半ば呆れつつ、首を横に振る。
「俺、付き合ってる人がいますから」
 希望はさらに大きく目を開き、それから、長い溜息を吐いた。
「あいつの好意、知ってて、こんなことさせてんの?」
「え?」
 善に甘える一方で、彼からの好意はむげにしている、と痛いところを指摘され、時和の心は痛み出す。
「お待たせ」
 廉が花瓶を持って戻ってくる。バラとスプレーマムの花束は色鮮やかで、見るだけで気分を明るくしてくれる。だが、希望の言葉は時和の心に、黒い小さなしみを作った。


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