エウロパのうみ21 | ナノ





エウロパのうみ21

 帰ります、と言って外へ出た。送る、と言う善に返事もせず、時和は駅を目指す。こんな気持ちのまま年を越して新年を迎えるのか、と気が重くなった。勇気を出して、明達へ告白したら、それがどんな結果であれ、受け入れることができるだろうか。
 切符を買おうとして、時和は携帯電話がないことに気づいた。落としていたら、音で分かる。鞄やポケットの中には入っていない。拾われて悪用されたら困るため、駅前の携帯電話ショップを探した。
「時和君!」
 息を乱しながら、善が手を振ってくる。その手には時和の携帯電話があった。
「置き忘れてたよ! よかった、追いついて」
 マンションから走ってきた様子の善は、呼吸を整えながら笑った。自分に好意を抱くなんてもったいないと考えてしまうほど、素晴らしい人だと思い、時和は深々と頭を下げる。
「ありがとうございました」
「そんなかしこまらないで。さっきは、ごめん」
 善は携帯電話をこちらへ手渡すと、両肩へ手を軽く置いた。
「何かあったら、いつでも相談に乗るよ。迷惑だなんて思ったりしないから、ほんといつでも電話して」
 時和はかすかにほほ笑んで、善の言葉に頷いた。
 電車の中でマフラーをかけ直して、コートも着ないで駆けてきた善の姿を思い出す。先ほど与えられた快感も思い出され、時和はふるりと体を震わせた。口でされたのは初めてだ。そして、時和は好きな人のものだからこそ、抵抗なく愛撫できるのだと知っていた。

 母親が時和の早い帰宅に驚いたのは無理もない。最近は、出かけると言ったら終電か朝帰りだった。
「早いのね」
 夕飯の残りをすすめられ、時和は椅子へ座った。アルコールを飲んだ後は小腹が空く。
「時和」
 黙々と食べる時和の前に座った彼女は、テレビの音量を下げた。
「最近、あれかしら……恋人ができたのかしら?」
 口の中の物を飲み込み、箸を持ったまま彼女を見返す。
「時和、本当はここを出たいんじゃないかと思ってね」
「な、何で?」
「だって、ずっと私と暮らすの? 私はお荷物になりたくないわ」
 一人でも暮らしていけるから、と続けられて、時和は視線を落とした。彼女が一人でも暮らしていけることは、十分理解している。家を出られないのは、経済的にも精神的にも時和自身の問題だった。
「……好きな人とさ、好きでいてくれる人、どっち選ぶ?」
 そっと湯のみを持ち、熱いせん茶をすする。母親は少し思案してから、「好きな人」と言った。
「好きな人、と言いたいところだけど、母親としてのアドバイスは好きでいてくれる人ね」
 どうして、と問う前に、彼女は笑う。
「傷ついて欲しくないから」
 母親が知っているはずはないものの、時和は明達との関係を見透かされている気がして、泣きそうになった。悲しみを察知したのか、彼女は、「まさか二股なの?」と冗談を言う。
「ち、ちがうけど、でも」
 同性が好きなんだ、とは言えなかった。
「ごちそうさま。シャワー、浴びるから」
 食器を片付けて、時和はいったん部屋へ戻る。明達のページには杏里とのクリスマスの写真があった。部屋の隅には、彼へのプレゼントが放置されたままだ。


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