エウロパのうみ18/i | ナノ


エウロパのうみ18/i

 明達の部屋は縦に長いが、物が少ないせいか広く感じる。狭いキッチンを抜けると、十畳ほどの洋間があり、そこにシングルベッドや小さな折りたたみテーブル、テレビが並んでいた。時和はベッドにうつ伏せたまま、テレビから聞こえる笑い声を聞いていた。
 浴室から出てきた明達が、早く服を着ろ、と促す。時和はトイレへ行き、トイレットペーパーで下肢の汚れを拭った。明達の部屋で事に及んだ時は、シャワーを浴びることができない。
「はい、これ」
 着てきた服を身につけ、帰り支度を始めると、明達が包みを差し出した。包装とまではいかないものの、きちんと袋に入れられた物を受け取り、中を見る。
「おまえ、携帯にストラップつけてないだろ? クリスマスプレゼント」
 キャラメル色のレザーストラップを見て、時和は目が熱くなった。
「あ、ありがと、あの、俺も、ちゃんと、あるんだ。用意はしてて、でも」
「いいって、別に」
 明達にクリスマスプレゼントを買っているのは本当だ。だが、渡す勇気がなく、部屋に置いたままになっている。
「おまえ……こんなもんで泣くなよ」
 自分で拭う前に、明達の指が優しく涙を払ってくれる。ずっと好きだった。今もどうしようもないほど好きで、嗚咽を上げて泣きたくなる。それをこらえるために、時和はくちびるを噛んだ。
「もうすぐ杏里が来るから」
 上昇した気持ちを叩きつけるには十分な言葉だ。時和は、「うん」と頷き、マフラーを巻く。
「明達、これ、ありがとう」
 明達はもう一度、「いいって」と繰り返した。ここでシャワーを浴びられないのは、彼女が突然、来ることも考えられるからだ。いくら友達でも、昼間から順番にシャワーを浴びていたら、変に思われてしまう。
 時和はエレベーターではなく階段を使った。一度だけ、杏里と鉢合わせしたことがある。だが、向こうの認識は明達の高校時代の友人程度だろう。明達と彼女が別れることを願っている時和は、彼女が見せた笑顔のあいさつにうまくこたえられなかった。
 家に帰るまで待てず、時和は電車の中でレザーストラップを携帯電話に付けた。クリスマスは一緒に過ごせず、年越しも無理だが、時和はもう寂しさを感じていなかった。

 明達から連絡がない限り、彼の部屋へ行くことはない。だが、今日は別だった。時和は早くクリスマスプレゼントを渡したかった。昨日、杏里が入れ違いで来たなら、今日は来ないだろうと考えた。
 呼び鈴がないため、扉をノックする。二度、ノックしてから、携帯電話を取り出した。
「はい?」
 鍵を回す音の後、扉が開く。毛先を緩やかに巻いた杏里が顔をのぞかせた。
「あ、古瀬君?」
 時和は持っていた紙袋の持ち手を握り締める。
「あきは今、コンビニに行ってるけど、上がる?」
 大きく扉を開かれて、時和は一歩後ろへ下がった。杏里が意地悪な人間であれば、嫌うことができたが、彼女は天真爛漫という言葉が似合う愛らしい女性だった。
「い、いいです。それじゃ」
 時和は階段を駆け下りて、駅まで走った。ただ好きというだけでは、叶わない恋だ。それでも時和は、この恋を奪ってまで成就させたいという強い精神は持ち合わせていなかった。どうして彼なんだろう、と考えた。自分と同じ嗜好を持つ人は、他にもいる。彼でなければいけない理由はない。
 時和は自分のベッドに転がり、静かに泣いていた。メールの着信音を聞き、携帯電話へ手を伸ばす。ストラップは外せなかった。



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