エウロパのうみ13/i | ナノ


エウロパのうみ13/i

 リビングダイニングの端で、観葉植物の隣に立ち、時和は一人でロックグラスを傾けていた。談笑している善達を見ていると、やはり場違いだと考えてしまう。善は歓迎してくれたものの、紹介された時に受けた皆からの冷ややかな視線は、時和を萎縮させた。
「お酒だけ?」
 騒がしいグループから抜け出してきた青年が、時和の隣へやって来た。善の隣に並んでも遜色ない、美しい青年だった。今夜の引っ越し祝いパーティーには、品のある女性の友人達もいるようだが、彼女達と比べても、彼のほうがきれいだ。時和は小さく、「はい」と返事をする。彼はちらりとこちらを見た。
「さっき、あいつらに服のことでもからかわれた?」
 図星だったが、時和は返事をしなかった。どこのブランドかと聞かれ、ノーブランドの服を着ていることを指摘された。母が用意してくれた衣料用洗剤も、このマンションに住む善が自分で洗濯すると思っているのか、と嘲笑された。
 善は時和の服について、何も言わない。用意したプレゼントも喜んでくれた。彼が優しくて忘れそうになるが、自分達の間には大きな壁があるのだろう。着古してくたびれてしまっているシャツの袖を見て、時和は何度めかの溜息をつく。
 本当はすぐにでも帰りたい。だが、最低二時間はいるべきだと考えた。それに、先ほど彼らから、金目当てならすぐに帰れ、とあおられたため、すぐに帰るわけにはいかない。
 とても馬鹿げているが、時和は二人だけならいいのに、と思った。この間、善と二人きりで過ごした部屋は、今や別の空間だ。二人だけなら、リラックスして、酒も楽しめただろう。明達との関係もそうだ。彼と二人だけなら、彼は周囲の視線を気にせず、自分との関係を深めてくれたかもしれない。
「服くらい、ねだればいいのに」
 青年の言葉に、時和は我に返り、彼を見つめた。
「あれ? まだセックスしてない?」
 青年の明け透けな物言いに、返す言葉が見当たらない。時和をさらに混乱させるのは、彼がまったく悪びれていない点だった。善と時和が付き合っていると誤解しているようだ。
「あの、俺、善さんとは、その……」
 助け舟が来たのは、その時だった。廉がほほ笑みながら、「時和君、何か飲みますか?」と尋ねてくる。彼は青年にも声をかけた。
「時和君が困るような質問でもしたのかな?」
「もうセックスしたのかと思ってた」
 青年の言葉を聞き、廉は一瞬、息を飲んだが、すぐに苦笑する。
「初対面の相手にどんな話をしてるのかと思えば……ごめんね、時和君。彼、誰にでもこういう感じで」
 時和が首を横に振っている間に、青年は騒がしいグループのほうへ戻っていった。
「あの人、誰なんですか?」
「え、名乗ってなかった? もう信じられないなぁ」
 テーブルの上にあるウィスキーとフルーツジュースを使い、廉は手際よくカクテルを作ってくれる。彼の名前は金沢希望(カナザワノゾミ)だと教えてくれた。
「ゼンさんの上司と仲がいい子で、付き合いにくいところはあるけど、悪い子ではないですよ」
 多くの人間の話を聞いている廉が言うなら、間違いないだろう。少なくとも、彼は時和を嘲るような視線を送ってこなかった。
「どうぞ」
 廉の作ったカクテルを受け取り、時和は礼を言う。こんな時まで本業の力を発揮する廉に感心した。



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