on your mark番外編48/i | ナノ


on your mark番外編48/i

「ただいま」
 別荘前に立つ護衛にあいさつし、直広が鍵を開けると、奥から話し声が聞こえてきた。広東語は分からないが、遼はすぐに電話を切り、「おかえり」と軽いキスをくれる。重いだろう、と市場での収穫品を受け取った彼は、キッチンへ荷物を運んだ。
 市場からは歩いて十五分ほどだ。タクシーを使え、と言われるが、護衛が困るだろうし、運動も兼ねて直広はなるべく歩く。バスルームで手を洗い、キッチンへ戻る。遼が立ち上げていたパソコンを落としていた。
 仁和会は優達に任せると言った通り、遼は完全に退いていた。それでも、仁和会だけではなく、香港からの連絡も入ってくる。彼はそれを隠そうとするものの、直広は仕方ないと思っていた。
 袋からターキーを取り出し、さっそく下準備を始める。直広が週二回のボランティアへ行くように、遼も時々、ゴルフへ出かけていた。もっとも、実際にゴルフをしているのかは分からない。そこで仲よくなった欧州から来た夫婦と交流したり、大富豪のパーティーへ招待されたりするが、「この間のゴルフは、雨が降って大変でしたね」とあいさつした時、皆一様に首を傾げそうになっていたからだ。
 直広は今までと同じように、遼のしていることには口出ししない。彼がどんな人間であっても愛しているという気持ちは変わらないからだ。それに、プーケットへ来てからは、直広のことを優先し、二人の時間を大切にしてくれる。一人で出かけることはあっても、遼はこの別荘へ誰も連れてこない。
「今日は外で食べますか?」
 まだ明るい外を見た。雨の心配はなさそうだ。
「あぁ」
 遼は階段を降りて、西側に置いてあるテーブルの上を拭き始めた。直広が窓際から渡すカトラリーセットを受け取り、テーブルへ並べてくれる。
 沈んでいく夕陽を眺めながら、遼はリクエストしたマンゴーサラダを口へ運ぶ。あまったターキーはトマトと煮込み、リゾットを作った。彼がおいしそうに食べるのを見て、直広はほほ笑む。
「直広」
「はい」
 手を止めた遼はくちびるの端をペーパーナプキンで拭く。
「食事中に誘うのはやめてくれ。おいしい食事を味わいながら、感動的な夕陽を眺めたいのに、色々と抑えられなくなる」
 遼の言葉に直広は声を立てて笑った。
「俺は誘ってなんかいません」
 しばらくの間、口を動かしながら、夕陽を眺めていた。だが、不意に上げた視線が遼の視線と絡む。その瞬間、彼が立ち上がり、軽々と直広を抱えた。部屋へ戻るのかと思ったが、彼は椅子にかけていたブランケットを引っ張り、砂の上に敷く。そこへそっと下ろされて、衣服を脱がされた。少し風が強くなったのか、波の音が聞こえる。
 一度、口でいかされた後、アナルを解された。昨夜も愛し合ったばかりのそこは、簡単に彼の指を受け入れる。彼の肩越しに見る空は、紺色から紫、そして夕陽の色を地平線へ残していた。輝く星がいくつか見える。
「ッア、ン、あ、りょ、っう」
 声をこらえなくてもいい、とささやかれ、直広は感じるままに声を上げた。こんなに美しい場所で愛しい人に抱かれている。喜びから涙を流し、自分の腹の上に射精すると、遼がもっと感じろと言わんばかりに、ペニスを擦り始めた。涙をなめてくれる舌の感触にさえ、感じてしまう。
 直広が最後に覚えているのは、ブランケットに包まれた体を抱き、頬を寄せて夜の海を眺めている遼の顔だ。ここは美しいが、一人で過ごす場所ではない気がした。彼はそっと体を抱え、砂を落とすため、バスルームへ運んでくれる。
「……遼」
 髪の間の砂をシャワーで流してくれる遼に、直広は話しかけた。
「分かってる。俺がちゃんと食事の後片づけはするから」
 遼は苦笑したが、直広が言葉を続けると、くちびるを結んだ。
「俺が死んだら、ここに一人で暮らさないでください。史人と敦士のところに戻って」
 シャワーを止めた遼が、「やめろよ、縁起でもない」と言った。
「約束してください」
 遼はバスタブの中へ入り、直広の体を抱き寄せた。
「……約束する。でも、そんなこと言うな。俺が先かもしれないだろう?」
「絶対、俺が先です。だって、もう、見送るのは嫌だし、あなたに見送られたいから」
 絶対なんて言うな、と遼にくちびるをふさがれた。直広は彼の手を握る。絶対なんてあり得ない、と直広も思っていた。だが、自分は絶対に幸せになれないと思い知らされた日々を、幸せな日々に変えてくれたのは遼だ。そして、これからも、その幸福は絶対に続くのだと、直広はキスを受けながら確信し、涙を流した。


番外編47

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