on your mark番外編47 | ナノ





on your mark番外編47

 黄金というより白に近い砂を透明度の高い海水越しに見下ろす。波はあまり高くなく、時おり、高い波が来ると、直広の両足は白い波で見えなくなる。十分な広さのプライベートビーチには、直広以外、誰もいない。椰子と緑に覆われている西側には、木製のガーデンテーブルとチェアが置かれていた。開いたままになっているビーチパラソルに気づき、直広はそちらへ歩み出す。
「直広」
 マスターベッドルームのある二階の窓から、遼が顔をのぞかせた。まだヒゲをそっていないため、起きたばかりだと分かる。
「危ないから、俺がする」
 ただビーチパラソルを閉じるだけなのに、と直広は苦笑する。だが、彼がすると言うなら、彼に任せるほうがいい。直広は、「お願いします」と声をかけ、室内へ続く白い階段を上がった。砂だらけになっている足を洗い、フローリングの床の上にあらかじめ敷いていたタオルで拭く。
「おはよう」
 ハーフパンツにTシャツという格好で、遼がバスルームからこちらへやって来た。直広は当たり前のように彼の首へ腕を回し、キスを受ける。史人達の前では軽いキスで終わっていたが、ここには自分達しかいないため、キスで終わらず、そのまま彼の欲望を受けとめることもあった。
「っ、ん、り、りょう!」
 まだそっていないヒゲがちくちくと頬に当たる。擦りつけるように動いていた体が離れ、笑みを深めた遼が謝った。
「ごめん。今日は日本語ボランティアの日だったな」
 最初の半年ほどは何もすることがない毎日を休暇として楽しめた。だが、直広は家でゆっくりと過ごすことに飽きると、ハウスキーパーの派遣を減らし、自分で別荘の掃除を始めた。その掃除すら要領を得てこなすようになると、今度は日本へ留学するタイの学生達へ日本語を教えるボランティアへ応募した。

 遼はプーケットへ来てから、直広がやりたいと言ったことすべてを許してくれた。日本にいた頃は、なかなかできなかったことも、ここではすぐに叶う。屋台で買ったフルーツジュースを飲みながら、直広は砂浜へ続く石の階段へ腰かけた。
 観光客が泳いだり、写真を撮っている姿を見つめる。護衛がついていることは知っていた。ボランティアに応募したいと思った時、直広は遼が許してくれるかどうか、とても不安になった。ハウスキーパーも別荘の護衛も最小限の数に減らしてくれたが、自分が何かすると、それだけ人手が必要になるのかもしれない。
 そう考えると、安易に外へ出て、誰かと接触するというのは、遼の負担になるのかもしれないと思えた。電子音が鳴り、直広は意識を現在へ戻す。遼からのメールだった。
「マンゴーサラダか」
 直広は携帯電話を鞄へしまい、市場のほうへ歩き出す。マンゴーサラダに必要な材料とターキーを買い、別荘へ帰る道をゆっくりと歩いた。

 ボランティアの応募はやめようと決めて、パンフレットを捨てた。その翌日、遼がベッドの上で、パンフレットを広げた。
「何で捨てたんだ?」
 遼が納得する理由を考える。
 面白そうだと思ったけど、もう少しゆっくりしてもいいかと思って、と遼の瞳を見ながら話す。彼はパンフレットをナイトチェストへ置き、ベッドの上に座った。不機嫌になったことは長年の付き合いから分かる。直広は彼の肩へ触れ、甘えるようにうなじへくちびるを這わせた。
「週二回だろ? 応募したらどうだ?」
 手首をつかまれ、遼に押し倒される。淡い照明に照らされた彼の瞳は優しい色をしていた。
「おまえがやりたいことは何でもやればいい。何も気にするな」
 つかまれていない右手を伸ばし、直広は遼の頬に触れる。
「そんな甘やかさないでください」
 笑うと、遼はくちびるへキスを落とし、真剣な表情で続けた。
「おまえはいつも俺達のために尽くしてばっかりだった。これからは、自分のやりたいことをやればいい」
 直広は遼の言葉に不思議な気持ちになった。自分では尽くしたという考えはなかった。ただ、史人や敦士を育てるのに必死だった。それに遼と出会ってからの人生は、直広にとって幸福の連続でしかない。もちろん幸福とは言えない出来事もあったが、一人、史人の将来を憂い、気を張り続けた日々にはない満たされた毎日だった。
「俺、応募してみます……でも、今、一番やりたいことは」
「分かってる」
 首筋から体の中心部へ移動した遼のくちびるが、吐息とともに熱をなめた。

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