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meteor6


 定員のあった交換留学制度には規定があったが、毎年、応募した生徒はほぼ全員が留学できた。由貴は当時、文学部に籍を置いていたが、成績は芳しくなかった。
 その年、定員の倍の希望者が出たため、試験と面接の結果で選考されると聞いて、由貴は必死に勉強した。そんなに語学が好きだったのか、と教授から感心されたが、由貴は居辛い環境から逃れたかっただけだ。
 念願の留学は素晴らしかった。この国の言葉とヨーロッパ文化に浸りつつ、夜になれば由貴は自分の居場所を求めた。
 耳に響く重低音とカラフルなカクテル。ビールを持って壁際に立ち、誰にも判別できないような薄暗がりの中、その言葉をささやく。そうすれば、受け入れてもらえるからだ。そこでは由貴は皆と同じでいられた。

 目の前にぶれる手の映像が、トーマスの手だと気づいて、由貴はようやく我に返る。
「おーい、もうケチャップついてない?」
 なんとか頷いた由貴にトーマスが頷き返す。
「よしっ。じゃ、また明日。あ、アランが来るから、よろしく言っといて。ホワイトアスパラガス、楽しみにしてるって!」
 トーマスが中庭から家を半周する形で前庭まで自転車を押し、木の柵の扉を開けて出ていく。由貴は家の前まで見送り、ひらひらと手を振る。
 まだ少し夕方以降は冷えるが、日を追うごとに夜は八時を過ぎても明るいことが多くなった。
 高い空を見上げて、由貴はつぶやく。
「アタラシイジブン」
 留学時代の仲間たちを頼らずにここへ来たのは、田舎であれば自分と同じ性癖の人間に出会わないで済むと思ったからだ。仲間のいないところであれば、ゲイである自分の弱い部分をさらさずにいられる。そんなふうに考えて、この田舎暮らしを決めた。
「やだなぁ」
 由貴は弱い自分への嫌悪感でいっぱいになる。道に背を向け、独白しながら、裏庭へ戻る。
 もし、トーマスに気づかれたとしても、彼なら軽く流してくれるに違いない。こうしたら、普通っぽくないとか、ああしたら、ゲイみたいとか、そういうことを考えることがしんどい。
 飲みかけのオレンジジュースを飲み干し、由貴は木製ベンチへ腰かける。テーブルへ上半身を預けるように投げだし、青々としてきた芝生を見つめる。由貴は滲む視界に気づいて額を腕へと押しつけた。

 誰かに頭を撫でられている。由貴は寒い、と思うと同時に、肩の上にかかっている毛布をつかんだ。
「あ」
 薄暗がりの中に、アランの姿を見つける。
 由貴は立ち上がり、毛布をベンチへ置いて、花壇のそばに立つ彼へ近づいた。
「帰ってたんですね。毛布、ありがとうございます」
 アランはブナの木を見上げている。
「起こそうかと思ったんだが」
 仕事帰りのアランは、まだコーデュロイパンツと薄いブルーのシャツに濃紺のベストを着ている。だが、その手には由貴の作ったホットドッグがあった。ケチャップではなく、マスタードだけを上にかけて、彼は最後の一口を頬張った。
「おいしいですか?」
 ホットドッグに、おいしいもまずいもない。炒めたキャベツとソーセージ、あとはパンとケチャップ、それにマスタードがあれば、誰でも簡単に作れる。由貴は聞いた後にそう思い、恥ずかしくなった。
「あぁ」
 アランは笑って頷く。指先についたマスタードを舌で舐めとる姿を、由貴はじっと見つめた。色のある人だと思う。ただそこに立つだけで人目を引きつける存在。由貴はそういう人間に初めて会った。

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