エウロパのうみ14 | ナノ





エウロパのうみ14

 善にあいさつをして帰ろうとすると、「帰るなら、下まで送る」と彼がついて来た。エレベーターの中で二人きりになった瞬間、こちらを振り返った彼がふわりと肩へ手を置き、頬へキスをしてくる。
「今日はわざわざありがとう」
 その笑みが本当に嬉しそうで、善が心から喜んでくれているのだと分かる。
「俺のほうこそ、招待してもらえて、すごく光栄でした」
 善はエレベーターから出ることが惜しい様子で、ボタンを押したまま、小さく息を吐く。開いた扉からエントランスホールへ出て、時和は頭を下げた。
「楽しかったです。ありがとうございました」
「時和君」
 頭を上げると、善は、「ごめん」と言った。
「気心の知れた人間しか呼びたくなかったけれど、仕事上、招待しないといけない人達もいてね、そういう連中の君への態度や言葉については、本当にごめん」
 善はオフィスマネージャーという立場だけあって、周囲をきちんと見ているのだと思った。自分みたいな人間に、と卑下しながらも、前回、友達のキスを求めた彼の実直さを思い出し、時和はほほ笑んだ。
「善さんが謝るようなことじゃないです。色んな考えの人がいて、当然ですから」
 もう一度、軽くお辞儀をして、時和は外へ出た。善が追って来て、優しい笑みを浮かべる。
「タクシー、呼ぶよ」
「いいです。歩いて、駅まで行けます」
 少し寒いが、月が出ていて、気分がいい。時和の断りに善は頷き、「気をつけて」と手を軽く振った。大通りまで出てしまえば、駅の方向へ歩くだけのため、迷うことはない。時和は携帯電話が震えていることに気づき、善がメールでもくれたのだと思い、ポケットから取り出した。
「もしもし」
 明達からの着信だと確認して、すぐに電話に出る。
「もしもし?」
 声が聞こえず、時和は携帯電話を耳に押し当てた。
「今、バイト中?」
 明達の声に、かすかに頬を緩ませる。
「うううん。今日は休みにしてる」
「……じゃあ、今から会えるか?」
「……うん」
 迷ったのは一瞬だった。街に出てきていると言うと、明達もこちらへ来ると返事があった。金曜の夜だからか、人通りは多く、駅前はいつも以上に騒がしい。時和は恋人同士が歩く姿を目で追いかける。明達とは想像できない。もちろん、善ともあんなふうに歩くことはできない。
 震えた携帯電話を見ると、善からメールが来た。来週の木曜に、『ren』で会おうという内容だった。返事を書く前に、明達の靴が目に入る。この間、突然キスされた時と同じ靴で、そんなことに気づく自分が嫌だった。
「どこ行く?」
 今夜は素面のようだが、明達は眉間にしわを寄せていた。
「こっち」
 手首を引かれて向かったのは、歓楽街の奥だった。


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