エウロパのうみ11/i | ナノ


エウロパのうみ11/i

 昼間は暑くても、夜になれば涼しい風が吹く。時和は店内の冷房温度を少し上げた。レジに戻ると、ちょうど客が入ってくる。
「いら……しゃいませ」
 時和のあいさつに大平が、「こんばんは、いらっしゃいませ」と続く。
「明達、どうしたの?」
 明達が住んでいるところは逆方向だ。また酔っ払ってこちらに向かう電車に乗ったのだろうか。彼は、「よう」と軽く手を挙げて、近づいた。レジカウンター越しにアルコールの臭いが漂う。思ったとおりだ、と時和は息を吐いた。
「明達、酔ってるだろ」
「全然。それより、おまえまだ?」
「え?」
「バイト、まだ終わらないのか?」
 あと五時間はある。時和は苦笑して、「彼女、呼んだほうがいい?」と尋ねた。明達はむっとした表情になり、外へと出て行く。大平を振り返ると、彼は、「どうぞ」とばかりに手のひらを仰向けにして動かした。
「悪い」
 時和はふらふらと歩く明達を追いかける。
「何かあった? だいぶ飲んだみたいだけど」
 駅の高架下へは行かず、左に大きく迂回を始めた明達は、唐突に立ちどまった。左側は住宅街へ続く道だが、街灯が暗い。彼女を呼ばないなら、タクシーをつかまえるべきだと思い、時和はあたりを見回した。
「けんかした」
「え?」
「杏里とけんかした……おまえと会う時、写真とかアップしないし、誰といるとか書かないから、浮気してるんじゃないかって」
 見上げた先の瞳をよく知っている。明達は困惑している。また傷つく前に離れなければ、と思った。
 チャイムの音が聞こえてくる。
 街路樹に背中を押しつけられ、時和は乱暴なキスを受けた。
 あの時も明達は、力任せにキスをして、泣きそうになりながら、「今のなし」と言った。かすれた声で、「誰にも言うなよ」と、走り去って行った。
「っん」
 だが、今は走り去ったりしない。明達の手が脇腹から臀部へと回り、まさぐり始める。時和が口を開くと、その瞬間を待っていたように、彼の熱い舌が口内へ侵入した。あの日の続きをしているだけだ。受け入れようと、自らの舌を絡めたら、彼が体を引いた。
「あ……ごめん、俺」
 二歩ほど下がった明達は、すっかり酔いから覚めた顔で、軽い謝罪の後、同じ言葉を紡ぐ。
「時和、誰にも言うなよ」
 隣のクラスだったのに、上履きがなくなったら一緒に探してくれた。体育の時間も気にかけてくれたし、昼休みに話しかけてくれた。高校生活の嬉しいことや楽しいことには、すべて明達が絡んでいる。だが、一番辛かったことにも、彼が絡んでいた。
「言わない」
 時和は濡れているくちびるの端を拭った。
「言わないから」
 その場に明達を残して、時和は店へ戻る。破裂しそうなほど膨らんだ風船のような感情が揺らぐ。あふれる涙をこらえて、時和は先ほどのキスではなく、先週、善がくれた友達のキスを思い出そうとした。



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