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meteor3

 ヴィンに入ると、村のいちばん大きな通りを抜ける。スーパー、花屋、郵便局、銀行、村役場、すべての機能が村の大通りに集中していた。速度を落としたトーマスが、外で談笑している人たちに手を挙げて挨拶する。
「昨日までずっと雨だったんだよね。この辺、雨が多いから、晴れると皆、外に出たがる」
「ゲルベも雨、多かったなぁ」
 由貴は思い出してつぶやいた。
 ゲルベの春の雨はいつも優しかった。太陽が見えているのに、突然、けぶるように降り出して、傘を差すのはもったいないくらい綺麗で儚い。
「もうすぐ着くから」
 嬉々としたトーマスの声に由貴は我に返る。大通りを抜けて、消防署がある角を右折すると大きな家が見えた。赤いレンガ造りの家はこの周辺の伝統のようだ。外観の似た家が連なる中、シュッツ家はまずその新しさで目を引いた。
「ようこそ、我が家へ」
 トーマスがハンドブレーキを上げると、その音を聞きつけたのか、家の扉が開く。
「ようこそ、ヨシタカ! 来てくれて、とても嬉しいよ。自分の家のように寛いでくれ」
 シュッツ氏が大きな手を差し出した。丸い青い目が好奇心で光っている。由貴は少し緊張していたが、歓迎されていると感じて顔をほころばせる。シュッツ氏の横にいたシュッツ婦人が、感嘆の声を漏らした。
「まぁ! 昔見た日本人形のようね。なんて美しい髪、それに肌! 私たちとは全然違うわ」
 彼女の勢いに気圧されると、シュッツ氏が制してくれる。一段高い玄関の前にイエローとパープルのスミレが飾られていた。テラコッタの円形プランター、扉に付けられたチェック柄のリボン、シュッツ夫妻の笑顔、高い青い空。
 最高の始まりだ。
 由貴は荷物を持って入ってくれたトーマスに礼を言い、新しい家へと足を踏み入れた。

 完璧な舗装とは言い難い道の片側は、黒いビニールシートで覆われている。もう一ヶ月も経たないうちに、隣国からの短期労働者たちがやって来て、朝も明けないうちからホワイトアスパラガスの収穫を始める。
 由貴は履き慣れたスニーカーとともに、家の周辺を散歩していた。
 シュッツ家に住み始めて二週間、住所登録も済ませた由貴はすっかり村の人間だ。もっと珍しがって見られると思っていたが、村人たちの反応は自然で、道ですれ違えば挨拶もするし、買い物に行くスーパーでは、レジ係のおばさんたちに名前を覚えてもらえた。
 まだたいして上手でもない言葉も褒めてもらえて、ここで生活を始めてたった二週間しか経っていないのに、由貴はこの村から離れ難いと感じている。
 
 朝の散歩から戻ると、まずはシャワーを浴びる。シュッツ家は二階建てになっており、二階が夫妻の空間、そして、一階にトーマスの部屋と客室である由貴の部屋があった。
 六畳ほどの部屋はレモン色の壁と淡いブルーが基調の家具で統一されていて温かく感じる。
 窓の外にはシュッツ婦人が時間を作っては手入れしているという菜園が見えた。だが、今年は忙しくて何もできなかったという話通り、菜園は新たに生えてきた雑草で覆われている。
 シュッツ夫妻は別の街で働いており、この家には月に二度、週末にしか帰って来ない。トーマスは夜勤と昼間の市民大学のコースに追われていて、やはり週末にしか余暇がないように見えた。
 一つ屋根の下に暮らしていても、それぞれが独立して生活している。由貴はアットホームなホームステイを想像していたが、暮らし始めると自分の好き勝手にできるこの暮らしを気に入った。
 由貴は眠っているトーマスを気遣い、なるべく大きな音を立てないようにシャワーを浴びる。シャワーの後は簡単に朝食を済ませて、留学中に使用していた問題集を復習する。
 特に話し合った訳ではないが、夕食は由貴が作っていた。一緒に食べる回数は少ないが、作り置きしておくと、トーマスが喜んで食べてくれるため、これまでのところは毎夕作っている。

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