エウロパのうみ1/i | ナノ


エウロパのうみ1/i

 早朝組と交代した古瀬時和(フルセトキワ)は、チルド飲料の辺りまで並び始めた客を避け、雑誌コーナーからアイスケースの前を通り、外へ出た。
「お疲れさまでーす」
 レジの四人へ声をかけ、先に従業員専用の駐輪場で煙草を吸っている大平(オオヒラ)へもあいさつをする。鍵をかけていない自転車のカゴへ昨夜買っていたペットボトルの飲み物を入れ、時和は自宅へ向かってこぎ始めた。
 高野駅前にはコンビニエンスストアが三店あるが、時和が夜勤で働いている店は駅の表側にあたり、早朝は特に人が入ってくる。時和はその駅に背を向け、皆が働き出す時間に眠る生活を送っていた。
 コンクリートの階段を三階まで上がり、重たい扉を開く。おかえり、と声をかけられて、時和は母親にあいさつを返した。
「昨日の残り、冷蔵庫ね」
 あぁ、とも、うん、ともつかない適当な返事をして、自転車のカゴに飲み物を置き忘れたことに気づく。だが、また下まで行くのは面倒で、時和はそのまま部屋へ行き、ベッドへ転がった。朝食を食べたり、テレビを見たり、携帯電話をいじると、寝つけなくなってしまう。
「……ハミガキ」
 それもいいか、と目を閉じた。とにかく今は眠ることが先だ。木曜と日曜を休みにしているが、今週は体調不良の子の代わりに日曜も出勤した。一週間ぶりの休みだ。
 時和はコンビニエンスストアの夜勤を高校卒業後から三年も続けているため、店内では古株のアルバイトであり、夜勤のリーダー的存在になっている。体は年々、辛くなる一方だが、オーナー兼店長はうるさくなく、辞める理由もないため、今に至っている。

 携帯電話のアラームで目が覚めた。休みの日にだらだら寝てしまうと、リズムが崩れるため、時和は毎日同じ時間に起きる。十五時ぴったりの時計を見て、大きく体を伸ばした。
 シャワーを浴び、歯を磨いた後、母親が作ってくれた冷やしうどんを食べる。テレビをつけると、旅番組の再放送が流れていた。美瑛にあるラベンダー畑が見ごろを迎えるのは、まだ三ヶ月ほど先だろう。
 母親が朝、干して行った洗濯物を取り入れ、時和は慣れた手つきでたたんでいく。大型スーパーのレジ係をしている彼女は、週休二日で九時から十八時まで働いていた。洗濯物をたたんだり、浴槽を掃除したりするのは、昔から時和の仕事だった。
 育てやすい子だった、と母親は言う。高いおもちゃを欲しがることも、授業参観に来てとねだることもなかった。物静かで手のかからない子、は彼女にとっては育てやすかったかもしれないが、学校という社会では標的になりやすい。彼女もそのことを気にしていた。
 時和はきれいにたたんだバスタオルを収納ケースへしまい、居間のテーブルの上にあった携帯電話をいじる。懇意にしているクラブは、時々、木曜にもイベントを開催しているが、今夜は何もなかった。時和はいつも騒がしいところで飲んだ後、静かなバーへ移動して飲む。
 学校生活は確かに大変だった。母親には言わなかったが、色々と辛いこともあった。だが、その中には嬉しいことや楽しいことも含まれている。それに、高校を出てからは、会いたくない同級生達に会わず、静かに暮らせている。
 今夏、母親と美瑛へ行くのも悪くないと思う。時和はかすかにほほ笑み、母親が帰るまでに済ませることの一つである、米をとぎ、炊飯器のスイッチを押すことを実行した。



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