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 四月だというのに寒い。空港から出ている遠距離線専用のシェルターで目的地までのチケットを買うと、由貴(ヨシタカ)は近くの売店でサラミと野菜のサンドを購入する。機内から出て以降、何も飲んでいないことに気づき、支払い前にガスなしの水も冷蔵庫から出してもらった。
 由貴は紙ナプキン一枚で包まれただけのサンドウィッチを片手に持ち、小さなペットボトルの水を指の力だけで持ち上げて、座る場所を探す。
 彼の左手にはブラウンのトランクケースがあり、背中にはバックパッカーが背負っているようなブラックのリュックサックがあった。小柄なわけではないが、憩いの場として設けられたベンチに座ると、まるで荷物に囲まれているように見える。
 トランクケースの上にそっとサンドウィッチを置き、ペットボトルの水を飲む。視線の先にあるのは大きな時刻表だ。ぱたぱたと音を立てている。
 由貴の目的地であるロト駅は地方の小さな駅のため、国際空港から遠距離線を使うと必ず一回は乗り換えが必要になる。彼は紙ナプキンをめくり、サンドウィッチに噛みついた。この国のサンドウィッチはパンじたいが硬いことが多い。マーガリンの濃さとサラミの塩辛い味に、由貴はようやくここへ戻って来たと実感した。

 二年前、まだ大学生だった由貴は、大学からの交換留学生として一年間だけゲルベ大学へ通った。旧東地域でありながら、芸術と商業の中心地だった街は、初めて見るヨーロッパの印象をより深いものにしてくれた。オペラハウスにコンサートホール、レンガの道に古い教会。由貴はまるで中世のヨーロッパへ迷い込んだような気持ちになったものだ。
 大学での講義を受けるのは自由だったが、当時の由貴の語学力では難しかったため、外国人大学生のために設けられた語学コースへ参加した。各国から集まる熱心で笑うことが好きな学生たちと由貴は最後まで楽しい留学生活を送った。
 一年間の留学は役立ったのか、と問われれば、由貴は間違いなく頷く。語学の向上だけではなく、未熟だった自分の内面が少し落ち着いたと思えるからだ。
 由貴はもともと輪の中心にいるような派手なタイプではない。どちらかといえば、その輪の外で黙々と自分のするべきことをするほうだ。自らの希望を聞かれる前に言うことなどほとんどなかった。
 日本へ戻ってから、由貴は言葉を忘れないように語学教室へ通い始めた。習い事は小学生の頃にそろばんをしていたくらいで、十数年ぶりに自らの口で語学を習いたいと言った由貴に両親は驚いていた。
 この言葉を使う仕事がしたい、と由貴は漠然と考え、もう一度この国へ戻るという目標を持ち始めた。
 由貴は同じ交換留学組が就職活動を始める中、アルバイトを掛け持ちして貯金をした。学生ビザかワーキングホリデービザを取得するかで悩んだが、卒業前に後者のビザを選択した。
 それは由貴の通っていた語学教室の先生がきっかけだった。由貴は、まだゲルベ大学で学んでいる級友たちを頼ろうと連絡していたが、教室の先生が田舎暮らしはどうか、と知り合いを紹介してくれた。
 その小さな村はヴィンといって、地方都市であるロトから車で二十分ほどの場所にある。
 大部分を森とトウモロコシ畑で囲まれた村が魅力的に見えたわけではない。おまけに、ロトには大規模な大学もなく、勉強する環境ではないように思えた。
 だが、いずれにせよ、外国人がこの国の大学へ入学するには試験があり、願書も出さなければならない。そして、ほとんどの大学が十月始まりだった。

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