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 夜の帳が下りてから、イハブは灯の消えたハキームの家を確認した。命の恩人であり、師である彼に、あいさつをするべきだったが、イハブは衣服と薬草の入ったカゴを背負い、小屋をあとにした。
 自分で何とかする、という言葉は、すべての責任を負うということだ。十五歳にもなれば、当然その言葉の重みは理解している。ハキームに迷惑をかけないためには、イハブ一人で行動し、どこへ行くのかも知らせないほうがいい。
 自らの不義理を歯がゆく思いながらも、イハブはほんの少しの期待を胸に抱いていた。先に出たラウリは安全だが遠回りの道を歩いている。イハブは北の森林へ入り、獣道を行こうとしていた。
 薬草採りに出るイハブには慣れた道だった。湿地帯まで出てイゾヴァ達の住む地域に入るのは、おそらく自分のほうが先だろうと予想していた。樹の葉の間から見える星々を見上げ、イハブはヴァーツから見上げる空も同じなんだろう、と口元を緩める。
 医者としての技量はまだまだかもしれないが、薬草の知識と商才を生かせば、知らない土地でもうまくやっていける可能性が高い。イハブは足元のツタに注意しながら、ラウリとの新しい暮らしを夢想した。
 揚げたガネーレを食べて、目を丸くしていたラウリは、初めて口にするものすべてに驚嘆していた。驚いた後、彼の口元に笑みが浮かぶところを見て、イハブは心安らいだ。これから先も、彼のあの表情を見たい。
 イハブは左足に絡まったツタをナイフで払い、いつも通り歩き出す。左頬をかすめた滴に夜空を見上げた瞬間、今度は右足に幹が当たり、つまづいた。頬をかすめたものは雨滴だろうか。イハブはそんなことを思いながら、獣道からそれて、斜面を転がる。右手に持っていたナイフを傾斜のある土の中へ刺したつもりだったが、体はどんどん落下していた。
 体中が痛む中、イハブが最後に感じたのは、頬に当たる滴だった。ラウリが濡れなければいい。後頭部へ触れたイハブは指先にある濡れた感触に苦笑し、祈るように目を閉じた。

 雷鳴は怒りに例えられることがある。この地域一帯では雨が降る前の予兆だが、イハブが行商人の両親達と砂漠を移動している時は、遠く黒い雲が不気味なほど静かに広がっているのを見て、怯えたものだった。
 母親は安心させようと、あの黒い雲の下では雨が降っているだけだと言って聞かせてくれた。だが、イハブは幼心に、あの黒い雲の下にいる人達は罪を犯した悪い人達なんだ、と考えていた。
 雨滴が葉に当たる音をはっきりと聞き、イハブは目を開けた。濃い霧の中、体を起こそうとして、痛みからうめく。イハブは大きく息を吐いた。情けないことに、歩き慣れた獣道を踏み外した。
 土と血で汚れた手を衣服で拭い、後頭部へ触れる。後頭部からの出血は止まっていたものの、左足は挫いていた。枝や石でできた傷はどれも軽傷であり、自分が落ちてきた場所を見上げれば、運がよかったと言える。
 イハブは雨で重くなっている上着を脱ぎ、左足首を固定した。泥の中に埋もれているカゴから水袋を取り出し、喉を鳴らして飲み込む。獣道へ戻るには遠回りだが、このまま歩くしかない。左足を引きずるようにして、イハブは湿地帯を目指した。
 湿地帯に入ったことを意味するアシを見つけた時、イハブの体力は限界に達していた。それでも、歩く速度を落とさなかったのは、ラウリがすでにイゾヴァ達のところへ到着していると考えていたからだ。
「イハブ!」
 イゾヴァ特有のレンガと泥からできた家々の一つから出てきた顔見知りが、目を細めながらこちらへ近づいてくる。彼は軽く手を挙げたイハブの様子に気づき、途端に駆けてきた。
「どうした? ケガをしてるじゃないか」
「ラウリは?」
 彼の言葉に、何人かのイゾヴァ達が出てくる。イハブは彼らの中にラウリを探した。
「イハブ?」
 イハブは乾いていくくちびるを手の甲で拭う。両ひざをついたイハブの前にイゾヴァの長がゆっくりと歩いてきた。穏やかなハシバミ色の瞳は、憂いを帯びていた。雨は激しくなるばかりだ。


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