walou13/i | ナノ


walou13/i

 何もかも間違えている、と叫びたい衝動に駆られた。誰もがやりたがらない、辛く汚い仕事をしてくれる奴隷は必要かもしれない。だが、そういう仕事をするからこそ、彼らは正当に評価されるべきだ。
 ゴミ捨て場で絶望していたラウリの姿を思い出す。自分の言葉で意見を言おうと口を開くのに、イハブはただぼやける視界を必死で拭うだけだった。ラウリは逃げたのではなく、捨てられていた。
「イハブ……おまえを盗人にするわけにはいかない」
 ハキームが隣へ立ち、肩へ手を置く。彼にとって、自分は本当の息子のような存在だと感じていた。彼が心配してくれているのだと分かる。
「でも、ラウリっ、は、もどったら、きっと」
 ヴァイスであっても分け隔てなく診療しているハキームだからこそ、このままラウリを見捨てたりしないと思った。イハブは右肩へ置かれていた彼の手を握り、ひざをつく。
「ハキーム様、お願いです。誰にも言わないで」
 ハキームの少し灰色がかった瞳が、上へと移る。彼は天井を見上げ、右手を額へ当てた。命を救い、面倒を見てくれる彼を困らせたいわけではない。今の状況は、おそらく彼だけではなく、彼の家族まで巻き込んでしまう可能性がある。それでも、イハブはラウリを皇帝へ返すことはできなかった。
 もう生きていたくないと諦観していた彼を、埋設のゴミ捨て場から引きずり上げた。痛いことはしないと約束した。
「診療所の扉は、誰にでも開かれている。おまえが医者としての技術だけではなく、その精神まで引き継いでいることを誇りに思う。だが、今回ばかりは……」
 イハブはハキームの手を離した。
「自分で何とかします。だから、誰にも言わないでください」
 頷く姿は確認しなかった。ハキームが守衛を呼ぶはずがない。イハブは走って家を出て、小屋へと急ぐ。仕切り布を払い、寝台に座るラウリの姿に安堵した。彼は驚いた様子だったが、姿を現したのがイハブだと分かると、かすかに笑みを見せてくれる。
 イハブは衝動的にラウリを抱き締めた。彼はヴァーツへ戻りたいと言葉にしなかった。だが、イハブは彼が戻りたいのだと知っていた。もう少し体力をつけてからなんて、ただごまかしていただけだ。
 ずっとそばにいて欲しい。その気持ちをごまかして、ラウリをここへ閉じ込めた。イハブは彼の青い瞳を見つめ、そのまぶたへそっと指先を伸ばす。指の腹でまぶたの上から頬をなでた。くすぐったそうに目を閉じ、かすかに体を動かした彼の指先が、イハブの衣服の袖口を握り締める。
「ラウリ」
 こちらを見上げたラウリの左頬へ、イハブは軽く触れるだけのくちづけをする。感傷に浸らないよう、イハブは彼の体から離れ、寝台の下へ手を伸ばした。茶色い木箱のふたを開け、中にある金貨を袋へ詰める。二年ほど前から貯めてきた金だった。
「ここから森に入ったら、用を足す場所だと教えたところがあるだろう? そこまで行ったら東に向かうんだ。渓流が見えたら、イゾヴァの住む湿地帯がある。彼らに金を渡せば、ヴァーツへ続く道を教えてくれる」
 金貨は全部で五枚ある。ハキームは利益を追求する医者ではなく、イハブ自身も貧しい者から金は取らない。だが、行商人の血を引く者として、イハブは価値あるものの貯蓄を心がけてきた。
 首から提げる袋をラウリの首へかけてやり、護身用に持っていたナイフを腰布へ押し込む。都の北にある森林地帯からイゾヴァの住む湿地帯へ入ろうとすると、どうしても獣道を抜けることになるが、東から回り込めば、その危険性は減る。
 ただし、道のりが険しいため、イハブは背中に背負う袋の中へ、日持ちする食べ物と水の入った袋を詰め込んだ。
「イハブ様」
 戸惑う声を遮り、イハブはラウリの頭から足元までを黒い布で覆う。最後にイゾヴァの行商人から購入していた薬を手に握らせた。
「気持ちが落ち着く薬だ。眠れない夜に飲め」
 イハブ様、とラウリはもう一度呼んだ。荷が重くて肩へ食い込むのだろうか。イハブが紐の長さを調節しようと手を伸ばすと、彼は手首をつかんだ。
「イハブ様も、来てくれますか?」
 澄んだ瞳には、純粋な感情しかなかった。そばにいて欲しい、という言葉を言えなかったイハブだが、ラウリは別の言葉でそれを表した。
 ヴァーツは遠い。何もかも捨てられるか、と自問したイハブのこたえは、すでに決まっていた。



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