walou12/i | ナノ


walou12

 ハキームから頼まれた買い物を済ませたイハブは、喧騒から遠ざかるように道を抜けようとしていた。少しずつ体調がよくなっているラウリは、自分に何かできることはないか、と聞いてくれるが、イハブは部屋から出ないように、と念を押していた。
 いつまでも隠しておけるわけではないと理解している。だが、もう少しだけ、と考えてしまう。ひときわ喧騒が大きくなり、イハブは振り返った。守衛と奴隷商人が男達と言い争っている。その男達が奴隷を解放するべきだと主張している組織の人間であることは、一目で分かった。
 いつもならすぐにその場を離れ、診療所へ戻るが、イハブは組織の人間の中に珍しい人物を見つけて留まった。現皇帝マムーンの息子であるタミームだ。宮殿にはハキームと出入りしており、タミームの健康診断も手伝っている。イハブより三つほど歳上の彼は、すでに名君になるだろう、と噂されていた。そのために、実父であるマムーンから疎まれていることも耳にしている。
 タミームは男達に守られるようにして立っていたが、興奮した奴隷商人が腕を振り上げると、一喝し、前へ出て、奴隷商人をいさめた。緊迫した空気が緩むのを感じ、イハブは診療所へ向かって歩き出す。
「イハブ」
 独特の抑揚で名前を呼ばれ、イハブはイゾヴァの商隊へ近づいた。
「今、帰り?」
 イハブを呼びとめたイゾヴァの商人の一人が、目尻にしわを寄せ、笑みを見せた。
「あぁ、今日もいい商売ができた」
 ハキームに頼まれている物の中に、イゾヴァの商人達だけが持参する薬草はなかったが、イハブは彼らの調合する薬を一つ購入することにした。精神状態を緩和させ、気分を落ち着かせるものだ。常習性はなく、時おり、茶葉などにも混ぜて売られている。
 今夜はその薬をラウリへ飲ませてやろうと考えた。少しは気分が寛ぎ、ぐっすりと眠れるかもしれない。

 イハブが診療所へ戻った時、ハキームの姿はなかった。受付の男に聞くと、家に戻ったと返される。イゾヴァの商人から買った薬包だけを服の間へ入れ、イハブは奥にある家のほうへ向かった。
「イハブ」
 イハブは小屋の前に立つハキームの声が硬いことに気づいた。駆けるようにして、近づくと、仕切りの向こう側にいるように、と言い聞かせていたラウリが、うつむいて立っていた。
 ラウリとハキームを交互に見やり、イハブはハキームと向き合う。
「これにはわけが」
 ハキームは頷いてくれたが、続く言葉を聞いてはくれなかった。
「ラウリ、君は奥で休んでいなさい」
 ラウリはハキームに言われて、一瞬こちらを見てから、寝台のある奥へと回り込んだ。青い瞳には怯えが映っていた。イハブはラウリが恐れていることを知り、彼を安心させるためにあとを追いかける。
「イハブ、話は終わっていない」
 ハキームに腕を引かれ、イハブは彼の家へ入った。彼の部屋へ通され、彼自身がいれた熱い茶を出される。
「美しい子だな」
 砂糖を入れ、混ぜながら、ハキームは小さく息を吐いた。
「どうやってここまで連れてきたか分からんが、見つけた場所を当てようか? 宮殿のゴミ捨て場だろう?」
 イハブが目を見開き驚くと、ハキームはまた息を吐いた。
「宮殿からの守衛の数が増えただろう。あれはゴミ捨て場から逃げ出した奴隷を探しているからだ」
「ラウリは逃げ出してない。捨てられてた!」
 椅子から立ち上がり、イハブは声を張り上げた。
「落ち着きなさい」
 初めて傷を縫う練習をした時と同じ調子で、ハキームは熱い茶を一口すする。
「イハブ、おまえから見たものが真実であっても、マムーン皇帝から見たものが正しいとされる。このままだと、おまえは盗人になる」
 イハブは拳を握り、くちびるを噛んだ。



11 13

main
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -