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 サルマの葬儀が終わった最初の星の日、エクは午前中の間に彼女の部屋を清掃していた。木の日にやって来た役人は、使用人達が彼女と交わしていた契約書を一枚ずつ確認し、都で自由市民権を得ていない者には、自由市民化の証書を渡した。エクもその証書をもらった一人だ。
 明日、宮殿へ行き、皇帝の印をもらえば、エクは都の市民となり、職業を選び、土地や財産を所有し、税金を払うことで様々なことに融通が利くようになる。証書は底辺から抜け出すための大きな一歩だった。
 使用人契約を結んだ時、サルマは自由市民化の証書について何も記載しなかった。役人は彼女の遺書にその意向があったと説明し、深謝するようにと話したが、エク達はもちろん彼女の残した遺言に涙した。
 屋敷がどうなるのかは分からないが、エクは寝台に敷いた柔らかな毛布とその上に被せたシーツのしわを完全に伸ばした。優しい主人を思い出しながら、軽く礼をして部屋を出る。
「エク」
 まとめ役は室内を一瞥して、「サルマ様も喜んでおられるだろう」とほほ笑んだ。
「明日は八時にセドの店の前だ」
「はい」
 証書への印は、皇帝から直接もらえるわけではない。宮殿内の決められた場所へ行く必要がある。まとめ役はすでに自由市民であり、今回、証書をもらえた使用人達をそこへ案内してくれると約束した。必要な者にはその後の仕事やひとまずの寝所も探してくれている。
 星の日は市場も閉まっており、都がいちばん静かな日だ。エクは閑散とした道を考え事をしながら歩くのが好きだった。当然、薬草店も閉まっているが、その隣の診療所は開いている。
 エクは、「こんにちは」と声をかけてから中へ入った。受付の男は土の日と星の日は休みだ。待合の長椅子を横目に奥へ進む。予想通り、イハブはいない。さらに奥へ進み、裏口から見える小屋を見つめた。
 あの小屋にイハブが住んでいると聞いていた。エクはさらに進むかどうか考える。
「エクじゃないか」
 低い声に振り返ると、目尻を下げたハキームが立っていた。
「ハキーム様、こんにちは」
 サルマのこと、残念だったね、と白いものが混じったヒゲをなでたハキームが、そっと抱き締めてくれる。彼は、エクに診療台へ座るように促し、薬草の並ぶ棚から、茶葉の入った瓶を取り出した。
「ミンツェと砂糖をたっぷりいれよう」
 薄緑の熱い茶を受け取り、エクは礼を言った。故郷では熱い茶に蒸留酒をいれ、体を温めるが、南の地方独特の甘い茶も気に入っていた。
「それで、このあとは決めているのか?」
 向かいに座ったハキームの問いに、エクは頷く。
「はい。明日、自由市民化の証書を提出して、それから、少しの間、家に帰ります」
「少しの間?」
「僕の父は蒸留酒を作っていたんですけど……その仕事がまだ無理だったら、またこっちに戻って働いて、仕送りしたいです」
 そうか、とハキームは笑みを見せる。
「親孝行な息子だ。出発前にここへ寄りなさい。イハブの薬草が役立つだろう」
 イハブの煎じたり、漬け込んだりしている薬草は、確かにとても高価で、土産には申し分のないものだ。関節や筋肉が痛む時に使う軟膏も、ほかの医者のものよりも効くと言われている。
「ありがとうございます。ところで、今日は、イハブ様は?」
「……墓参りだ」
 エクはサルマの葬儀の際、イハブの姿が見えなかったことを思い出した。
「サルマ様、きっとお喜びになっていると思います」
 ハキームはあいまいな表情を浮かべたが、エクは墓参りと聞いて、イハブはサルマの墓へ行ったのだと思い込んだ。甘い茶を飲み干した後、診療所を出て、墓地へ向かう。そこでイハブに会えると思っていた。だが、彼の姿はなく、エクは少し落胆して、屋敷へ戻った。

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