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 夜、眠る前に考えることが二つある。
 一つは、里帰りのことだ。両親は最後まで反対していたが、エクは家族のために自ら望んで都へ来た。商人と取引した金を持ち、家へ戻った時、両親は泣きながら、金を返してくると言い張り、まだ三歳になったばかりの弟は、何も分からないまま、母親に抱かれて一緒になって泣き始めた。
 エクは給金を貯め、いつか故郷へ帰ろうと思っている。サルマがいつでも里帰りしてもいいと言ってくれるが、彼女の足や体調が心配で、なかなか休みを取ることができなかった。自分の代わりはたくさんいると知っている。だが、こんなによくしてくれる主人を置いて、長旅をするなんて、エクにはとても薄情に思えた。
 もう一つは薬草店のイハブのことだ。都一の名医と呼ばれるハキームの元で学んでいる彼だが、エクは薬草店にいる彼しか知らない。時おり、医術の本を読んでいるものの、隣にある診療所へ出入りしている姿は見かけたことがなかった。
 だが、薬草に関するイハブの知識が並外れていることは、よく知られている。彼は語学にも堪能らしく、行商人や気難しいと言われるイゾヴァの商人達と談笑していた。
 エクは都以南に多い褐色の肌と黒い髪を美しいと感じていた。特にイハブの黒い瞳は、昔祖母が見せてくれたショールという鉱石を磨いた色に似ている。サルマに彼のことを話すと、彼女は、「イハブのことが大好きなのね」と言う。エクはその言葉にいつも頷いた。
 二年ほど前、サルマに頼まれた買い物の帰り道に、エクはエクを手に入れるはずだった男に絡まれた。路地裏に連れ込まれ、乱暴されかけた時、イハブが声をかけて助けてくれた。男と自分の間に立ち、背中に隠して守ってくれる彼に、エクは感謝以上の感情の高ぶりを経験した。
 イハブを前にして、自分の気持ちを伝えることは、絶対にないと断言できるが、エクが水の日を楽しみにしているのは、彼と会い、彼と話せるからにほかならない。そして、それこそが里帰りを延期する理由の一つにもなっていた。

 サルマにはエクのほかにも、数人の使用人がいるが、朝食を運ぶのはエクの仕事だった。いつものように扉を叩き、エクが彼女の寝室へ入ると、起き上がっているはずの彼女がまだ寝台で眠っていた。
 エクは食事を台へ置き、驚かさないように、小さな声で彼女を起こす。サルマ様、と声をかけても目を開けない彼女に、エクは断りを入れて、彼女の顔へ耳を近づけた。耳へ感じるはずの吐息はなく、エクは慌てて寝室を飛び出し、使用人のまとめ役のところへ駆けた。
 タミーム皇帝の乳母だったサルマの葬儀には、多くの人間が参列した。その中にはタミームの姿もあり、エクは参列者の最後尾から、ハキームや見かけたことのある氏族の長も見つけた。ハキームを見た時、近くにイハブがいるのではないかと探したが、彼の姿はなかった。
 参列者達が棺の中のサルマへ最後のあいさつをする中、エク達使用人はそれを遠くから見つめることしかできない。だが、エクはまとめ役がハキームを呼びに行く間、寝室へ戻り、サルマとの別れを済ませたため、心残りはなかった。
「サルマ様のような方にまた仕えたいけど、きっと無理だよね」
 使用人の言葉に皆、小さく頷いた。今後どうなるのかは、サルマと交わした契約によって決まるが、ほとんどの者が契約解除となり、新しい主を見つけることになる。まとめ役は、葬儀の後、役人が来るから、その時に身の振り方を決めるようにと言っていた。
 エクは足元に現れた影に顔を上げる。イハブだと思った。だが、エクの視界には、かつて商人からエクを手に入れようとした男が立っていた。彼は大きな手を伸ばし、エクの顎をつかむ。
 エクが恐怖で固まっていると、男はエクの耳元でささやいた。
「これでやっと手に入る」
 男が性奴隷を扱う人間だと教えてくれたのは、サルマだった。彼女はとても言いづらそうに、性奴隷が何か知らなかったエクに、それが何なのかを教えてくれた。あなたは美しいから、とサルマは目を細めて、頬をなでてくれたが、エクからすれば、黒い髪と瞳を持つ彼女やイハブのほうが美しいと感じた。
 男はエクの左頬をなめ、震えるエクを満足そうに見つめた後、参列者の中へまぎれた。
「エク」
 まとめ役に声をかけられ、エクは恐怖でにじんだ瞳を向ける。
「ザファル様と知り合いなのか? 都一の宿屋を営む彼のところへ行けば、金に困ることはないぞ」
 エクは何をどう返していいのか分からず、ただ涙をこらえ、うつむいた。

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