walou15 | ナノ





walou15

 イゾヴァの長からラウリが来ていないことを聞いたイハブは、彼らの所有するメルの中で一番若いメルを借り、都への道を急いでいた。長はイハブに何も尋ねなかったが、三日前に商隊を組んだイゾヴァ達が、宮殿前広場で大きな処刑があると公示されていたと教えてくれた。
 メルに結わえられている紐を強く握り、イハブはただラウリの無事だけを祈る。一人で行かせるべきではなかった、どうして歩き慣れた獣道を踏み外したんだろう、と様々な後悔が押し寄せてくる。
 大雨のせいか、都の中は人通りが少ない。イハブは宮殿の北から一直線に広場を目指した。初めに見えたのは、十字の形をした大きな梁だ。その梁の黒ずんだ様に、イハブは口元を押さえ、メルから滑り降りた。左足の痛みは気にならない。そのまま、その場にしゃがみ込む。
 梁が大きすぎて、うしろからでは誰が磔にされているのか分からない。だが、燃やされて黒ずんだ梁を見れば、処刑された者がどんな最期だったのかは推測できた。火葬は罪人に対する罰だ。魂が肉体に戻らないように、肉体を燃やされる。
 イハブは吐き出したもの拭い、ゆっくりと梁へ近づいた。梁の両脇に立っている守衛が気づき、剣を抜く。
「……イハブさん?」
 守衛達はイハブだと認識すると、剣をおさめた。イハブは神と対峙するかのように、ひざをつく。梁の下の土は恐ろしく黒ずんでいた。涙を流しながら、焼かれてしまった下半身から視線を上げていく。綿花のようだと思っていた柔らかな金糸は、雨に打たれ輝いているようにも見えた。
 イハブは懐からナイフを取り出し、震える手でラウリを拘束する縄を断ち切る。激しい雨のせいで、イハブの涙は二人の守衛に気づかれることはなかった。二人が、「イハブさん」と困惑した声をかけても、イハブはこたえず、まとっていた衣服を脱ぎ、ラウリへ被せる。
 焼けずに残った上半身の傷から、ラウリが受けた拷問を想像することはたやすい。イハブは髪で隠れたまぶたを確認し、拳を握り締めた。ラウリは道を失うようにと目を失い、魂が闇をさまようようにと器を焼かれた。
 埋設のゴミ捨て場で、「ここでいい」と言ったラウリの表情を思い出す。痛いことは嫌だと言った彼を、こんな目にあわせてしまった。イハブは彼の傷ついた頬を何度もなでる。
 イハブがラウリを抱えて立ち上がると、守衛達が前に立ちはだかる。口を開く前に間へ入ったのは、タミーム達だった。タミームは上質な糸で織られた衣服が濡れることもいとわず、二人の守衛を退け、イハブへ耳打ちする。
 ラウリの死は無駄にしない。奴隷制度は必ず廃止する。
 次期皇帝であり、名君だと称されているタミームは、誠意ある言葉でそう紡いだが、イハブの心には響かなかった。イハブはラウリを抱き、メルの背に乗り、湖を目指す。
 タレブに襲われた後、回復してから襲われた場所へ戻った。イハブは両親の遺体を探したが、見つけることは叶わなかった。行商人は故郷を持たない。だからこそ、いつか商売を成功させ、一つの場所に店を構え、家を持つことが至上の幸せと言われた。
 湖のそばにあるダーナのうろの中には、ラウリのために使用した毛皮の敷物が残っている。イハブはナイフを使い、うろのそばに穴を掘った。雨のせいか、土はいつもよりやわらかい。
 ラウリを腕に抱き、一緒に見上げた空を見たが、星は見えず、黒い雲があるだけだった。雨とともに、自分の心が冷えていくのを感じる。幼心に考えていたことは、間違いではなかった。
 黒い雲の下にいる自分は罪を犯した悪い人間だ。
 イハブはラウリを雨から守るようにして抱き直し、自分にすら聞こえない音で泣いた。雨はまだやみそうになかった。

14 16(第2部・約5年後)

main
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -