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 薬をすり潰し、煮えた湯を碗へ入れたイハブは、診療所の扉を閉め、薄暗い外へと出た。夕食の後の談笑を終え、ハキーム達家族はすでに家へと入っている。イハブの家は、家というより小屋に近い。だが、イハブはハキームが用意してくれたこの小屋を気に入っていた。立てつけの悪い扉は昨年、交換しており、イハブは片手で難なく扉を開けた。
 中は外よりも暗い。一人がけの椅子と木製の台へ薬湯が入った碗を置き、イハブは仕切られている布の向こう側へ回った。毛布が動く。蝋燭へ火を灯し、ラウリが起き上がるのを手伝う。
 ここへ連れてくることは、思っていたよりも困難だった。メルへ樽を載せ、樽の中へラウリを隠したが、守衛達の見回りが強化されていたからだ。念のため、樽を二重構造にしていたから、中身を見せることもためらはなかったものの、見つかれば、危険だった。
 薬湯と食事を与えられたラウリは、いつものようにゆっくりと口へ運んだ。イハブは小屋の裏へ回り、井戸からくみ上げた水を温める。湖である程度の汚れは落としてやったが、数日おきに布で体をきれいにしていた。彼は口にしないが、実際、体を温めると、よく眠れるらしい。
 食事を終えたラウリの衣服を脱がし、イハブは温かい布で彼の体を拭いてやる。最初は強張っていた体も、今はイハブがやりやすいように動かしてくれるようになった。
「ガネーレがおいしい時期になってきた」
 イハブはいつも一方的に話をしている。ラウリは相槌を打つか、首を横に振る程度で、差し障りのなさそうな問いかけをしても、狼狽するだけだった。都では羊の肉料理が中心だが、行商の交流地点となるため、魚介類を食べないこともない。
「ヴァーツにもガネーレの料理はあるのか?」
 ガネーレが生息できるのは、温かい海だった。案の定、ラウリは首を横に振る。
「今度、揚げたてのガネーレを持ってくる。焼いてあるのもいいが、俺のおすすめは揚げたやつだから」
 足の指先まできれいに拭いてやり、イハブはまだ温かい湯を水袋へ入れた。関節炎で痛みを訴える患者に、患部を温める方法として教えている手だ。温かい水袋をふくらはぎの下へ置いてやると、彼は気持ちよさそうに目を閉じる。
 イハブは寝台に背をあずけ、ハキームから借りている医学の本を開いた。彼の寝息を聞きながら、知識を深める。左の頬をかすめた風に、視線を上げると、彼が目を開いていた。
「眠れないか?」
 蝋燭の炎を隠すようにして、イハブはラウリの肩まで毛布を被せてやる。陽の下で見る色とは異なる、ほの暗い青がこちらを見つめた。
「むかし、父に、海へ連れてってもらいました……短い夏の間、父は親とはぐれたフーラーを助けました。でも、その子は、夏を越せなくて、冬に戻ってきた親とも会えなかったんです」
 イハブにはフーラーがどんな生物なのか分からなかったが、冬に戻ると聞き、おそらくアザラシか何かだろうと見当をつけた。ラウリはそれ以上、話す様子はなかった。
「ヴァーツへ戻りたいか?」
 ラウリは頷かなかった。故郷を持たない行商人の息子であるイハブには、望郷心を真に理解することは難しい。だが、まったく分からないわけではなかった。タレブに襲われるまでは、大地の上、空の下、天幕を張り、母親の用意した食事を口にすれば、そこはいつでも故郷に変わった。
「もう少し、体力をつけないと」
 蝋燭の炎を吹き消し、イハブは二人で眠るには狭すぎる寝台へ上がる。イハブも寝台で寝ない限り、ラウリは外で眠ると言い張ったためだ。暗がりの中、彼が涙を流していると察した。寄り添っているのに、彼を近くに感じられない。イハブは慰めかたも分からず、ただ彼の小さな肩が震えるのを視界へ映した。

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